【空き家問題】区が不在者管理人制度を利用し、費用負担なしで空き家の解体に成功した事例
本日の日経新聞の記事で、大田区が、不在者財産管理人制度を利用して、空き家を解体させた例が紹介されていました。
空き家対策特別措置法施行を受けて行政代執行で空き家を取り壊す例が出つつあるが、民法の規定を使う例は珍しいという。
活用したのは民法の「不在者財産管理人」と呼ぶ規定。管理人が建物の解体や敷地売却などの手続きを一括してできる。持ち主の所在が分からない場合、特措法では略式代執行という手続きで空き家を解体できる。ただ管理人選任が認められるならば民法の規定を使う方が迅速で費用の回収もしやすいという。都内では世田谷区がこの方法を使った例がある。
解体したのは景観などから「特定空き家」と判定済みの田園調布にある物件。持ち主調査の過程でみつかった資産から解体費用を出したため区の負担はなかった。
大田区も、webサイトにて下記のように発表しています。
大田区は平成27年5月の「空家等対策の推進に関する特別措置法」施行を受け、平成28年7月に「大田区空家等対策計画」を策定し、空家対策に取組んでいます。
この度、著しく管理不全な特定空家等について、所有者の所在が不明であったため、空家の解決手法として、全国的に先駆的である民法の「不在者財産管理人制度」の仕組みを用いて当該建物を解体し、保安上危険な状態を解消しました。
なお、大田区はこの手法を「先駆的!」といっていますが、空き家問題対策として不在者財産管理人制度を活用すべきという話は数年前からなされており、特に目新しい方法ではありません(ちなみに不在者財産管理人制度自体は100年以上前からあります)。
ただし、自治体が活用するというケースは珍しいようですね。
今年(2017年)7月には、世田谷区でも不在者管理人制度を利用して空き家を解体することに成功したというケースがあります(世田谷区、所有者所在不明の空き家民法規定で解体 :日本経済新聞(2017年7月13日))。
このケースについて、世田谷区によれば、自治体が不在者管理人制度を利用して空き家を解体するケースは、東京都内の自治体としてはこれが初だそうです。
ところで、2015年5月に空家等対策の推進に関する特別措置法(以下「特措法」といいます)が施行され、行政が強制的に建物を解体すること(行政代執行という手続で行われます)が可能になっています。もちろん、持ち主の所在が不明の場合でも代執行は可能になっています(略式代執行といいます)。
しかし、ここにきて不在者管理人制度に着目されるのはなぜでしょうか。
特措法による代執行の制度と、民法による不在者管理人制度の違いをみてみましょう。
解体までの流れ
自治体が、住民からの情報提供などにより空き家の存在を知ってから、実際に解体を行うまでの流れを大まかに説明すると、以下のとおりです。
特措法による場合
(※特措法の条文については、条数のみを記載します)
1. 自治体による、建物の現況や所有者等の調査(第9条・第10条)。
2. 自治体において、当該建物が特措法第2条第2項の「特定空家等(※)」にあたるかを判断。
※「そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にあると認められる空家等」(第2条第2項)
3.(1)所有者が判明しており場合には、建物の除却・修繕などについて所有者に助言・指導、勧告、命令を行う(第14条第1項~第8項)。
→そのうえで、命令に従わなければ自治体が代執行を行い、建物の解体などを行う(第14条第9項)
(2)所有者不明、または所有者が行方不明の場合には、自治体が代執行(略式代執行)を行い、建物の解体などを行う(第14条第10項)
4. 自治体が、解体などにかかった費用を所有者から回収。所有者が任意に支払わない場合や、行方不明の場合には強制執行(行政代執行法第6条)。
ただし、資産がない場合や、所有者が不明の場合(所有者が誰かすら分からない場合)には回収不能となる。
民法(不在者財産管理人制度)による場合
所有者が行方不明の場合(生きているか死んでいるかも分からない場合も含む)には、不在者財産管理人制度を利用することができます。
(※不在者財産管理人制度については、以前の記事(解決のための法的手段――土地の「所有者不明」問題③)もご参照ください)
1. 前記2.で「特定空家等」にあたると判断された場合、自治体が利害関係人として、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てる。
申立てと同時に、自治体が家庭裁判所に予納金(解体費用及び不在者財産管理人の報酬)を支払う。
2. 家庭裁判所が不在者財産管理人を選任。
3. 不在者財産管理人が状況を調査・確認したうえで、裁判所に解体許可及び売却許可(敷地など他の資産の売却)の申立て。
4. 裁判所の許可が出れば、建物を解体。他の資産も売却。
5. 資産の売却代金は、解体費用や不在者財産管理人の費用に充当される。
→自治体が予納した費用が戻ってくる。
2つの制度の違い
一つ目の違いは、適用できる条件です。
特措法による代執行手続は、所有者が判明していて連絡が取れる場合や、判明しているが行方不明の場合のほか、所有者が不明の場合(そもそも所有者が誰だか全く分からない場合)に適用できます。
これに対し、不在者財産管理人制度は、所有者が判明しているが行方不明という場合にしか適用できず、所有者が不明の場合にはこの制度が使えません。
(もっとも、多くの場合は建物の登記があるので、その場合は所有者が不明ということにはなりません)
二つ目の違いは、不在者財産管理人制度の場合では、所有者の他の財産から解体費用を賄うことができるという点です。
不在者財産管理人は、不在者(行方不明の所有者)に代わってその財産全般の管理を行う権限を有します。
したがって、建物以外の財産(敷地など)を売却することで、建物の解体費用を賄うことが可能になるのです(ただし、前述のとおり裁判所の許可が必要です)。
「本当にそんな都合よくいくのか?」とお思いかもしれませんが、安心してください。最初からそうなるように申し立てますので。
事前に資産調査を行い、さらに申立ての段階で裁判所とも相談したりしながら手続を進めます。
逆にいうと、申立て前の段階で、売却許可が得られなそうだったり、他の資産を売却しても解体等の費用が回収できなさそうな場合は申立てを断念することになります。
不在者財産管理人制度を利用した場合の流れ
この制度を利用して、2017年7月に解体が完了した世田谷区の事例、11月に完了した大田区の事例について、それぞれどのような経緯をたどったのかをみてみましょう。
世田谷区の事例
前述の公表されている資料によれば、経緯は以下のとおりです。
申立てから解体まで3か月で済んだようですね。
2015年 6月 | 近隣住民からの情報により本件空家等を把握 | |
12月 | 空家等対策の推進に関する特別措置法第2条第2項に規定する著しく管理不全な「特定空家等」と判断 | |
2016年 | 世田谷区空家等対策審査会等に意見を聞きながら対応策を検討 | |
2017年 3月 | 調査を尽くすも敷地及び建物の所有者の所在を確認することができないと判断 | |
4月 | 東京家庭裁判所へ不在者財産管理人選任の申立て | |
6月 | 東京家庭裁判所へ建物解体費用として予納金(27 万円)を納入 東京家庭裁判所による不在者財産管理人の選任 | |
7月3日 | 不在者財産管理人が建物を解体 |
建物の状態はこちら。
10坪くらいの木造平屋で基礎も簡単なもののようですので、解体費用が27万円で済んだのでしょう。
なお、区が立て替えた解体費用については「区は、建物解体費用として家庭裁判所に予納金の納付を行ったが、敷地の売却がなされた場合、不在者財産管理人より区に返納される予定である。」とのことです。
通常は、解体費用のほかに不在者財産管理人の報酬相当額も最初に予納する必要があるのですが、このケースでは敷地が売却できる可能性が高いため、報酬も売却代金から捻出できると判断されたため、区は報酬分を予納しなくて済んだものと思われます。
(このように、資産状況によって申立て段階で裁判所と事前調整を行っています)
大田区の事例
前述の大田区のwebサイトによれば、経緯は以下のとおりです。
こちらは申立てから解体まで7か月かかったようです。
2014年 7月 | 近隣住民からの情報により本件空家を把握 | |
2014年7月~2016年12月 | 現場調査及び所有者の所在調査を継続的に実施 | |
2016年12月 | 大田区空家等対策審議会の答申を受け大田区が特定空家等と判定 | |
2017年 4月 | 東京家庭裁判所に不在者財産管理人の申立て | |
9月 | 東京家庭裁判所が不在者財産管理人を選任 東京家庭裁判所に予納金を納付 | |
10月 | 不在者財産管理人が本件空家等の解体工事着手 | |
11月 | 東京家庭裁判所から予納金が返納 | |
11月22日 | 不在者財産管理人が本件空家等の解体工事完了 |
建物の状態はこちら。
解体費用など予納金がいくらだったかは公表されていませんが、土地の奥行きもそれなりにあるようですし、樹木や石垣の撤去も含めると数百万円かかったでしょう。
区が立て替えた予納金(解体費用)は既に返金されたとのことですので、この敷地(あるいは他の資産)の売却交渉も解体と同時に進めていたのでしょう。
場所は田園調布だそうですから、比較的すぐに買い手は付きそうですね。
もちろんこのケースでも裁判所との事前調整はしていたでしょう。
不在者財産管理人制度の積極的な活用を
不在者財産管理人制度は、所有者不明土地問題や、行政による空き家対策問題で近年着目されるようになりました。
制度自体の知名度が低いことに加え、この制度が利用される事例がもともと少なかったことから費用・手間・期間の予測が難しかったという側面もあって、なかなか利用に踏み切れない自治体も多かったのではないかと思います。
しかし、紹介した世田谷区・大田区の事例のように、事前準備をしっかり行うことで数か月で解決することも可能です。
今後は、事例の蓄積によるノウハウの増加とともに、「特定空家等」の判定フローなどを改良することで、より早期に解決を図ることが可能となるでしょう。
自治体としても、空き家問題の対策に、不在者財産管理人制度を積極的に利用していくことが望まれます。