【建築紛争】基礎杭の一部が支持層に到達していなかったことにつき、下請業者・孫請業者の責任が認められた事例
横浜市のマンション工事で施工不良や杭データの偽装が発覚するなど、ここ数年、杭工事の瑕疵に関する問題が話題になっています。
基礎の杭は全て支持層(建物を支えるだけの十分な強度を持った地層)に達していなければなりませんが、達していない杭があると、その杭は建物の重さに耐え切れず沈んでしまいます。
その結果、建物が不均一に沈下する事態(不同沈下)が発生して建物が傾いたり、それによりひび割れが生じたりします。
杭基礎に限りませんが、このように基礎工事の重要性は非常に高く、建物全体の安全性に大きな影響を及ぼしています。
また、既に上に建物が乗っていますので、補修工事をするにしても大がかりなものになりがちです。場合によっては建物全体の建替えが必要になります。
そのため、基礎工事に瑕疵があった場合の損害賠償額は高額になる傾向にあるのです。
今回は、基礎杭の一部が支持層に到達していなかったことにつき、元請業者に対する、下請業者・孫請業者の責任が認められた事例(松江地裁2016年3月31日判決 判時2347・99)を紹介します。
事案の概要、請求の内容など
松江市からの発注で建設した幼保園(認定こども園)につき、基礎杭の一部が支持層に達していなったため、完成後に不同沈下が起こったという事案です。
当事者
原告(X):松江市から建設を請け負ったJVで、元請にあたる。
(請負代金:5億7645万円)
被告(Y1):Xから杭工事を請け負った業者。下請にあたる。
(請負代金:6142万5000円)
被告(Y2):Y1から杭工事の現場管理(「監理」ではない)を請け負った業者。孫請にあたる。
(請負代金:4515万円)
時系列
2009年12月 松江市とXの間で建設請負契約を締結
2010年 1月 Xが杭工事の施工計画書を作成
3月 XとY1の間で杭工事の請負契約を締結
XとY2の間で現場管理の請負契約を締結
4月までに杭工事完了
12月までに建築工事完了
2011年 3月 沈下の発生を確認
その後の調査で、杭が支持層に到達していないことが発覚
2012年 3月 松江市がXに是正工事を請求
5月 Xが是正工事を実施、これにより不同沈下は解消
(是正工事等に要した費用は4億6000万円強)
12月 XがY1・Y2を提訴
請求の内容
杭工事の瑕疵によってXが上記是正工事等の費用を負担せざるを得なくなったとして、Xは、
Y1に対して:瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求
Y2に対して:不法行為責任に基づく損害賠償請求
をそれぞれ請求。
請求金額は、上記是正工事等に要した費用及び弁護士費用の合計である5億1300万0098円。
争点
- 杭工事に瑕疵があったか
- Y1はXの指示どおり杭工事を行ったことで免責されるか
- Y2には過失があるか
- Y2の過失と、杭が支持層に達しなかったこととの間に因果関係があるか
- Y2に不法行為が成立するといえるか
- 損害額
- 過失相殺
裁判所の判断
1.杭工事に瑕疵があったか
Y1は、Xの作成した図面どおりに施工したのであるから工事に瑕疵はないと主張したが、裁判所は、
- 請負契約における瑕疵とは、完成された仕事が、当事者が契約において合意したあるべき性状を備えていないことをいう。
- 杭工事は、建物の荷重を支えるために行われるものであり、打設された杭が支持層に達していなければ、建物の荷重を支えきれずに建物が傾く危険がある。
- そのため、杭が支持層まで達していることが、杭工事契約の仕事として備えているべき最も重要かつ基本的な性状であることは社会通念上明らかであり、Y1としてもそのことを認識していたというべき。
- したがって、杭が支持層に達しない場合があることをXが了承していたといった特段の事情がない限り、杭が支持層まで達していることが、杭工事における仕事のあるべき性状として合意されていたと認められる。
としたうえで、杭が支持層に達しない場合があることをXが了承していたという事情はなく、かつ、実際に支持層に達していなかった杭があることから、杭工事における瑕疵を認定した。
2.Y1はXの指示どおり杭工事を行ったため免責されるか
XとY1との間の契約には、工事目的物の瑕疵が発注者の指示による場合には瑕疵担保責任を負わない旨の規定があるところ、Y1は、杭工事は、XがY1に提供した図面等のとおりに行ったものであるから瑕疵担保責任を負わないと主張した。
この点につき裁判所は、工事に瑕疵があってもそれが発注者の指示によるものとして瑕疵担保責任が免責されるためには、その指示が請負人に対して拘束性を持つものでなければならないと判断した。
そのうえで、本件ではXの提供した図面等に拘束性はないため、Y1は免責されないと判断した。
3.Y2には過失があるか
試験杭(他の本杭をどこまで打つべきかの指標を設定するために打つ杭)を打設する際には、それが他の杭を打設する際の指標とあるものであるから、試験杭が支持層に達したかどうかの判定は慎重に行うべきであるが、Y2は、試験杭の打設の際、これが未だ支持層に達していない可能性を疑うべき事情があったにもかかわらず、それらの事情を看過あるいは軽視して試験杭が支持層に達したものと判定し、他の本杭の管理指標を設定したものであるから、Y2には過失が認められる(だいぶ要約しました。認定の詳細は省略)。
4.Y2の過失と、杭が支持層に達しなかったこととの間に因果関係があるか
上記3.で述べたようなY2の過失がなければ、上記試験杭を打設した場所の支持層がもっと深い位置にあることを前提に、さらに試験杭を深く打ち込んだり、改めてボーリング調査を行ったりした結果、本件工事で杭を打ち込む深さを見直すこととなった可能性は高い。
そしてその結果として、本件工事において相当数の支持層未到達の杭が発生するという事態は事前に回避することができたといえる。
したがって、因果関係は認められる(だいぶ要約しました。認定の詳細は省略)。
5.Y2に不法行為が成立するといえるか
建物の荷重を支えるべき杭が現実の支持層に到達していなければ、杭が建物の荷重を支えることができず、建物が傾いてしまう危険性がある。
このことからすれば、杭の現実の支持層未到達という瑕疵は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」(最高裁2007年7月6日判決)に当たると解するのが相当である。
そして、本件においてXは、建物を利用する者ではないが、建物に瑕疵があれば、発注者である松江市等との関係において、瑕疵を修復するなどの責任を負うこととなるのであるから、建物の瑕疵により財産権を侵害される立場にある。
したがって、前記4.のとおり建物の瑕疵(杭の支持層未到達という瑕疵)はY2の過失によって生じたという関係にある以上、Xとの関係でY2には不法行為が成立する。
6.損害額
Xの請求金額(是正工事等に要した費用及び弁護士費用の合計である5億1300万0098円)全額が認められた。
7.過失相殺
Y1・Y2は、過失相殺の主張も行ったがこれらの主張は全面的に排斥された。
8.結論
以上のとおり、XのY1・Y2に対する請求は全面的に認められた。
コメント
基礎に問題があったため、是正工事の金額もかなり大きなものとなりました(もとの請負金額が約5億8000万円であったのに対し、是正工事等に要した金額は4億6000万円強)。
もっとも、本件では建物の建替えが必要ない方法で是正工事を行ったため、この金額で済んだともいえます。
下請・孫請業者としても、その請負金額がそれぞれ6000万円強・4500万円強であったことからすれば、総額5億円以上の損害賠償請求が認められたことは、かなり大きな影響だったといえます。
また、本件では、XとY1は契約関係にあったためY1に対しては瑕疵担保責任が認められていますが、XとY2は契約関係になかったため、Y2に対しては不法行為責任が追及されました。
前記で引用されている2007年の最高裁判例のとおり、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、直接の取引関係にない相手方に対して不法行為責任を追及することができます
本件は、このような不法行為責任が認められた事例としても、注目すべき裁判例といえます。