不動産取引を舞台にする「地面師」とは 詐欺の手口や背景、対策について

最近、「地面師」という言葉がニュースをにぎわしております。

地面師とは、土地の取引を専門とする詐欺師をいいます。
実行役が土地の所有者になりすまして売買契約を結び、代金を詐取するというケースで、ここ最近では大手の積水ハウスやアパが被害にあった事件が報道されています。

「地面師」が再び活発化 土地所有者装い大企業も手玉 「不動産業者の弱み突く」巧妙手口(1/3ページ) - 産経ニュース

土地取引話:アパ12億円被害 「地面師」9人逮捕 - 毎日新聞

このような事案自体は昔からありますが、これに対応するために不動産登記法・不動産登記規則も何回か改正され、登記申請に対するチェックは厳しくなっています。

しかし、被害は今も絶えません。
地価が戻ってきたとはいえ、規制が厳しくなった今でも地面師が暗躍しているのには、ある理由があります。

地面師とは

そもそも「地面師」とは何者でしょうか。
何かの職人のような名前ですが、土地取引を専門とする詐欺師のことを指します。

土地取引に関する詐欺といっても、嘘をついて所有者から土地をだまし取るという形態ではなく、登記関係の書類を偽造して、不動産登記を書き変えて自分のものにしてしまったり、所有者に成りすまして勝手に売却し売買代金をだまし取ったりする形態の詐欺です。

特に、地価が高騰したバブル期には多くの事件があったようですが、その後地価が下がったことや、不動産登記法・不動産登記規則の改正で対策が強化されたことによって、事件数は減少しました。

しかし、ここ数年に再び事件数が増えているようです。

「地面師」再び暗躍 その手口とは  ニュースウオッチ9 - NHKより)

 

地面師の手口

地面師が不動産の所有者に成りすまし、その不動産を売ったり、担保に入れてお金を借りたりすることでお金をだまし取るのが典型です(成りすまし型)。

典型的な手口

不動産の売買取引や担保の設定の場面においては、契約当事者となる売主等が本当に所有者であるかどうかは、基本的に登記簿の情報をもとに確認します。

売主等として取引に現れた人物が、登記簿に記載されている所有者と一致していると確認できれば取引は実行され、売主等は金を得ることができるわけです。

そこで地面師は、何らかの方法により、

① 登記簿上の所有者に成りすますか、
② 登記簿を書き変えて、自分を登記簿上の所有者にしてしまう

という必要があります。

現在は「成りすまし型」が主流

このうち②については、30年以上前は法務局にある登記簿は全て紙で保管されていましたので、これを偽造して(本来の登記簿と差し替えて)しまうという手法がありました。

しかし、登記記録が電子化された現在ではこの方法は不可能です。
(なお、取引の際に偽造した全部事項証明書を持参して相手をだますという方法がなくはないですが、通常は、相手も自ら法務局から全部事項証明書を取り寄せて確認しますので、この方法では相手をだますことはできません)

そこで、現在では①の「成りすまし型」が主流となっています。

 

所有者に成りすます方法

では、地面師たちはどのような方法で所有者に成りすますのでしょうか。

偽造書類の用意

所有権の移転登記などを行う際には、当然ながら所有者本人でなければ持っていない書類が必要になります。

通常は司法書士が立ち合いますので、その際には、実印、実印を押印した委任状、印鑑登録証明書、登記識別情報(または登記済証)、身分証明書(運転免許証やパスポートなど)が必要になります。

そこで、地面師たちはこれらの書類を自ら偽造したり、偽造を専門とする業者(「道具屋」などと呼ばれます)に依頼したりして用意します。最近では、技術の進歩によりかなり精巧な偽造品を作れるようです。

もっとも、上記のうち登記識別情報登記済証は現物がない限り偽造が困難ですので、通常はこれらを使わない方法により取引を行います。

資格者代理人による本人確認情報

その方法とは「資格者代理人による本人確認情報」制度です。

これは登記識別情報や登記済証を紛失してしまった場合に備えて用意されている制度です(登記識別情報や登記済証は再発行ができないため)。

具体的には、登記を担当する司法書士や弁護士などが売主の本人確認を行い、その結果を記載した書面(「資格者代理人による本人確認情報」といいます)を添付することで、登記識別情報や登記済証がなくても登記を行うことができます。

※なお、ほかに公証人の認証を得る方法や、事前通知という方法がありますがここでは割愛。
※また、2005年までは「保証書制度」という簡便な方法がありましたが、本人確認を徹底するためにこの方式は廃止されました。

地面師たちは、登記識別情報や登記済証を紛失したことにしてこの方法をとるわけですが、そのためには司法書士による本人確認を乗り越えなければなりません。

本人確認をめぐる攻防(?)

取引に関与する司法書士(通常は買主側の司法書士)としても、自らの資格をかけて「ちゃんと本人であることを確認しました」と証明書を出すわけですから、そこはしっかり確認します。疑わしい点があれば取引を保留するか、取りやめになります(中には形式的な確認しかしない例もありますが…)。

一方、これに対応するため地面師側も事前準備をおこたりません。
売主本人の生年月日や干支、過去の住所、対象不動産の情報、今回の取引に至った経緯などについて、本人としてすらすら答えられるように、所有者役の人選から台本の用意、練習などもしっかり行います。

余談ですが、実行役(所有者に成りすます人物)にはある程度の演技力が必要になるため、その人選には頭を悩ませるところです。そこで、専門的にこのような人材を派遣する業者(「手配師」などと呼ばれます)がいます。

取引の完了

こうして司法書士による本人確認をくぐり抜ければ、あとは決済が完了するのを待つだけです。

買主側司法書士が本人確認・登記手続書類に問題ないことを確認して決済のゴーサインを出すと同時に、売買代金の振込みが行われ、着金を確認して決済は完了となります。

買主側司法書士はその足で法務局に向かい所有権移転登記の申請する一方で、地面師は即座に金を引き出して逃げるわけです。これが、一般的な地面師詐欺の流れです。

その後、法務局内で印鑑登録証明書などの偽造が発覚するか、あるいは登記が完了した後に真の所有者が知ることで、この事件が発覚することになります。

 

専門家が絡むケース

さらに悪質なケースでは、司法書士や弁護士など専門家が地面師に加担することもあります。

先ほどの「資格者代理人による本人確認情報」ですが、この本人確認はその登記手続を行う司法書士が行わなければならないと定められています。通常は登記手続を行うのは買主側の司法書士ですから(※)、前述したように、地面師たちは相手方である買主側の司法書士のチェックをクリアする必要があるのです。

もっとも、売主・買主の双方が司法書士を用意する場合(こういう場合もあります)には事情が変わってきます。

この場合では、登記手続を、双方の司法書士が共同代理(または復代理)という形で行いますので、その際の売主の本人確認は売主側の司法書士が行うことになります。そこで、売主側(=地面師側)の司法書士が詐欺に加担している場合には、本人確認など実質的に行わなくても「資格者代理人による本人確認情報」ができてしまうのです。

(なお、実際に司法書士が詐欺に加担した事件もありますが、加担したとまでは認定されなくともザルのような本人確認を行っていたとして、取引にかかわった司法書士や弁護士(売主側)が損害賠償責任を負った事件も複数あります)

※通常、不動産売買の取引に立ち会い、かつ登記手続を行うのは買主側の司法書士です(特に買主が業者の場合)。なぜなら買主側の方がリスクがあるからです。

取引の決済の場面では、買主は、登記手続に必要な書類を売主から受け取るのと同時に、売買代金の支払い(振込みなど)を行います。その後すぐに司法書士が法務局にて登記手続の申請を行い、数日後に所有権移転の登記が完了する、という流れです。

このように、代金の支払いと登記の完了との間にはタイムラグがあります。そのため、通常は買主の方で信頼できる司法書士に依頼し、売主が用意した書類に問題ないかを決済の場でチェックしてもらうのです。

 

なぜ地面師による詐欺が横行するのか

とはいえ、いくら成りすましがうまかったとしても、他人の不動産を勝手に売ったりしてしまうなんてことは、普通はそう簡単にできるはずがありません。

このような詐欺が行われる背景には2つの事情があります。

法務局での審査は書類確認のみ

これは仕方ありませんが、法務局では、登記の申請にあたり定められた必要書類が提出されていれば、それだけで申請を受け付けます。所有者本人に話を聞いたりすることはありません。

また、審査を担当する登記官も人間ですから、偽造書類であっても登記官の眼をすり抜けてしまうこともあり、そうなれば申請は受理されてしまいます。前述したように、最近は偽造の技術が進歩しているため偽造書面もより精巧になっています。

もちろん、登記官の審査の段階で印鑑登録証明書などの偽造が発覚して、登記申請が却下される事例もあります。

ただ、前述したとおり取引にはタイムラグがあるため、偽造が発覚するのは既に地面師グループがお金を持って行ってしまった後ですが。

土地が管理されていない(所有者不明の土地など)

また、そもそも「買う方も現地確認とかしないの?」という疑問があるかもしれません。それはもっともで、取引金額などによって度合いは変わってきますが、買主側の担当者(あるいは仲介業者)も通常は現地確認をしています。

しかし当然、地面師たちは現地確認をされてもよいような物件を選んでいます。それは、長期間管理されていない物件です。自宅から遠く離れた土地を持っており、かつ所有者が高齢であったりすると放置されてしまうことがあります。

また、現代の事例に特徴的なのが所有者不明の土地です。例えば、元の所有者が亡くなったが相続登記もされず、誰にも管理されずに放置されているような物件です。

地面師たちは、荒れた土地や空き家となっている建物を見つけては、その物件の登記簿を取り寄せて確認します。

そのうえで、登記簿に記載されている所有者が、既に亡くなっていることが確実そうな場合や、かなり遠方に住んでいる場合にその物件をターゲットにするわけです。長期間土地を管理している人がいなければ、近隣住民も所有者のことを知らず、仮に聞き込みをされても事前にバレにくいからです。

地面師による詐欺事件が近年再び増加しているといわれるのも、所有者不明土地問題の増加と無関係ではないように思います。

 

詐欺事件の結末

実際に地面師による詐欺が行われた場合、関係者はどのような結末を迎えるのでしょうか。

犯人に適用される犯罪(刑事上の問題)

詐欺罪はもちろん、事案によって有印私文書偽造罪・同行使罪、有印公文書偽造罪・同行使罪、公正証書原本不実記録罪(またはその未遂)などが適用されます。

ただ、全部併せても懲役1年以上10年以下です(※)。

※刑法54条1項後段(牽連犯)の規定による。

所有権のゆくえ(民事上の問題)

地面師グループが逮捕されたとしてもお金が戻ってくることはまずありません。そうすると、取引された不動産の所有権がどうなるかが気になるところです。

結論として、他人が所有者に成りすまして行った売買契約は無効ですので所有権は移りません。所有権は真の所有者のままです

偽造書類により登記の記載上は所有権が移転してしまうかもしれませんが、登記が移転したからといって法律上所有権が移転するわけではないのです。このことは、買主が成りすましのことを知らなかったとしても同じです。

したがって、真の所有者は、買主に対していつでも登記を戻すよう請求することができます。さらに、買主がさらに第三者に売却していた場合は、その第三者に対しても請求できます。

善意の第三者も保護されない

このように、元の売買(地面師が行った売買)が向こうであった場合、その後の売買もすべて無効になります。

動産の場合は買主は「善意の第三者」として守られることはありますが、不動産の場合は善意の第三者であっても救われません(※)。買主から第三者に売却され、さらにその先に売却され…というケースで最終的な買主が善意であった(詐欺の事実を知らなかった)としても、その間の全ての売買契約がひっくり返るのです。

※元の所有者(真の所有者)が他人に実印や印鑑登録証明書を預けていてそれが不正利用されたケースのように、所有者に過失がある場合は別。もっとも、地面師詐欺のケースでは所有者に過失が認められる場合はほぼないでしょう。

買った方はたまったものではありませんね。
まして、更地の状態で土地を買って建物を建ててしまった後に発覚したら、目も当てられません…

逆にいえば、勝手に不動産を売られてしまった被害者(真の所有者)は、いつでも返却を求めることができるわけです(取得時効が成立しない限り)。したがって、被害者(真の所有者)は取り返すことをあきらめてはいけません。

 

対策はあるのか

なかなか対策が難しいのが現状です。

不動産を売るといっても現実的に何か物を手渡すのではなく、特に土地の売買は「登記に必要な書類と、お金を交換するだけ」というのが実態です。

法務局内にある登記上の記録が書き換えられるだけですから、極端な話、自分が今住んでる土地が勝手に売られても外形的には何も変わらないわけですから、その時点では気づきようがありません。

とはいっても、現在誰かが住んでいるような物件は、地面師は狙いません。前述したように狙われやすいのは放置されている物件です。

というわけで、土地・建物の管理や相続登記はおこたらずに、ご自分が生きているうちに何とか処理しましょう。

他方、買主側としては、やはり自分(自社)でも確認を徹底することに尽きます。

担当した司法書士・弁護士に落ち度があればその責任を追及できる(賠償責任保険で損害が補てんされる)と考えている会社もあるかもしれませんが、まともな司法書士・弁護士であれば落ち度がないように本人確認等を徹底します(それができなさそうなら依頼を断ります)ので、その場合に責任を問うことは難しい(過失が認められにくい)です。

特に、用地取得に焦っていたりすると地面師に狙われやすく、また期限が迫って現地確認がおろそかになってしまいがちですので、取引の話があっても焦らずにじっくり確認することが必要です。また、相場より安かったり売主側が急いでいたりといった事情がある場合には、より慎重に調査を行いましょう。