スーパー店内での客の転倒事故につき店側の責任が否定された事例について
スーパーの店内で、落ちていた天ぷらを客が踏み転倒、けがを負ったため客がスーパーに対して損害賠償を求めた訴訟について、最高裁が上告を受理せずに2審判決が確定したとの報道がありました。
天ぷら踏み転倒、客敗訴確定 スーパーのサミット―最高裁:時事ドットコム(2022年4月22日)
この件では、1審(東京地裁2020年(令和2年)12月8日判決)では客の請求を一部認めていたものの、2審(東京高裁2021年(令和3年)8月4日判決)では客が逆転敗訴(請求棄却)となっていました。
これに対して客が最高裁に上告を受理するよう申し立てていたようですが、2022年4月21日、最高裁が上告を受理しない決定をしたため、2審判決が確定したようです。
では、この件で1審と2審を分けたのはどのような点なのでしょうか。また、同時期に話題となった「サニーレタス事件」判決(東京地裁2021年(令和3年)7月28日判決)との違いについて解説します。
店内での転倒事故に関する法的責任
まず前提として、店内での転倒事故については店側はどのような責任を負うのでしょうか。
不法行為責任・債務不履行責任
スーパーのような店舗では、店側は、客に商品を購入させて利益を上げることを目的として不特定多数の客に場所を提供しているといえます。このことから、一般に、店側には顧客の生命・身体などの安全に配慮する義務があるとされます(信義則上の安全配慮義務)。
この安全配慮義務は、建物の構造や用途、利用状況などをもとに具体的に認定されます(例えば「○○の状況では、○○事故を防止するため○○という措置をとる義務があった」など)。
また、安全配慮義務に違反した場合には、過失ありとされて店側は不法行為責任(民法709条)または債務不履行責任(民法415条)を負います。一般に、スーパーの店舗のように契約関係にない客との間であれば不法行為、会員制のスポーツジムのように契約関係にある客との間であれば債務不履行となります。
土地工作物責任
また、建物の構造や管理などに欠陥があることにより事故が起きた場合には、建物の管理者や所有者が損害賠償責任を負うことがあります。これを土地工作物責任(民法717条)といいます。
民法717条1項
土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
転倒事故の場合には、店側が土地工作物責任を負うこともあります(今回の記事では詳細は割愛します)。
損害賠償の内容
以上の規定により店側に責任があるとされる場合、店側は、損害賠償として治療費、入通院に伴う慰謝料、休業損害などのほか、後遺障害が生じた場合にはさらに後遺障害の慰謝料、逸失利益などの支払義務が発生します。
ただし、転倒した客側にも過失がある場合には、過失相殺として上記の賠償額が減額されることがあります(民法418条、722条2項)。
1審・2審の判決内容
事案の概要は、33歳の男性が平日の19時30分ころ、スーパー店内のレジ付近の床に落ちていたカボチャの天ぷら(13cm×10cm)を踏み転倒し傷害を負ったというものです。
この天ぷらは惣菜コーナーから他の客がレジに向かう途中で落としたもので、惣菜コーナーからレジまでの距離は約10メートルでした。
1審の判断
1審判決は、結論として次のとおり述べて、店側の過失を認めました(東京地裁2020年(令和2年)12月8日判決)。
前記認定のような惣菜の販売方法(※注:客が惣菜コーナーで取ったものをプラスチック製パックなどに入れてレジまで持っていく方式)を採用する場合、利用客による惣菜のパック・袋詰めの仕方や運び方等に不備があり、惣菜を持ってレジに向かう途中で、誤ってレジ前通路の床面に惣菜を落とすことがあり得るのは容易に予想されるといえる。証拠(※証拠略)によれば、本件事故が発生した平日の午後7時台は本件店舗が混み合う時間帯であり、レジ台の前には会計を待つ利用客の行列ができていたことからすると、比較的空いているレジ台を目指すなどしてレジ前通路を歩行する利用客も相当数いたと考えられるから、レジ前通路の床面に物が落下していた場合、転倒事故が発生するおそれは大きかったといえる。
上記事情に鑑みると、本件店舗を運営する被告としては、利用客に対する信義則に基づく安全管理上の義務として、本件事故発生時のように、本件店舗が混み合い、相当数の利用客がレジ前通路を歩行することが予想される時間帯については、被告の従業員によるレジ周辺の安全確認を強化、徹底して、レジ前通路の床面に物が落下した状況が生じないようにすべき義務を負っていたというべきである。(※筆者にて注記、改行、下線、強調を追加。)
店側は、本件のような事故は極めて例外的であり予見困難であった、従業員が天ぷらに気づいて除去することは現実的に困難であったなどと主張しましたが、これらは判決で全て退けられました。
そのうえで、客の過失を50%として過失相殺のうえ、店側の不法行為責任として58万円弱の損害賠償責任を認めました。
2審の判断
これに対し2審では、落ちた天ぷらが放置されていたのは短時間である旨を認定したうえで、次のとおり述べて店側の過失(安全配慮義務違反)を否定しました(東京高裁2021年(令和3年)8月4日判決)。
売場付近とレジ付近の通路との相違点や、本件店内の具体的状況などをもとに店側の責任を否定したものといえます。少し長いですが以下に引用します。
これに対して客側が最高裁に上告を受理するよう申立てをしましたが、冒頭に述べたとおり最高裁は不受理の決定をしたためこの2審判決が確定しました。
そこで検討するに、前記認定のとおり、消費者庁が店舗内の転倒事故に関して発出した文書(※証拠略)によると、店舗内の床滑りによる転倒事故は、雨天時や水を使う場所の床濡れによるものが大半を占めており、落下物が原因となる場合も、青果物売場において野菜くず等を踏みつけたときに滑ることが想定されているものの、レジ付近の通路は落下物による転倒事故が発生しやすい場所としては挙げられていない。これは、青果物売場においては、野菜くず等の落下物が比較的多いことに加え、利用客も商品を選別するのに注意が集中し、足下の注意が疎かになりやすいことによるものであると考えられるのに対し、レジ付近の通路においては、この両方の要因とも想定し難いからであると考えられるのであって、合理的な区別であると認められる。前記認定の本件店舗におけるかぼちゃの天ぷら等の惣菜の販売方法からすれば、惣菜売場においても、青果物売場と同様に落下物が比較的に多くなる可能性はあるが、これは飽くまでも売場付近での話であり、レジ付近の通路とは区別して考える必要がある。本件店舗の店長であった証人Aの証言及び陳述書(※証拠略)によっても、同人の知る限り、これまで他の店舗も含めレジ付近で落下物による転倒事故が発生したことはなかったことが認められる。
他方、レジ前通路を通行する利用客からは同通路は見通しがよく(※証拠略)、同通路上に商品等の落下物があったとしても目に付きやすく、店舗内が混み合っている時間帯でも足下の落下物を回避することは特に困難なことではないと認められる。
これらを総合すると、レジ内の従業員にとって、レジ前通路の床は、レジ台等の死角となるため視認することができない部分があり(※証拠略)、仮にその視認可能な範囲に落下物があったとしても、店舗内が混み合う時間帯には、レジ台の前に会計待ちの利用客が並んでおり、レジ内の従業員がレジ打ちの作業に従事しながら当該落下物を速やかに発見してこれを取り除くことは困難であったこと、レジ付近の売場における品出し等の作業は、店舗内が混み合う時間帯は利用客の妨げとなるため通常行われておらず、その担当の従業員もレジ付近にはいなかったことが認められる(※証拠略)ものの、レジ前通路に本件天ぷらのような商品を利用客が落とすことは通常想定し難いこと等から、控訴人(※店)において、顧客に対する安全配慮義務として、あらかじめレジ前通路付近において落下物による転倒事故が生じる危険性を想定して、従業員においてレジ前通路の状況を目視により確認させたり、従業員を巡回させたりするなどの安全確認のための特段の措置を講じるべき法的義務があったとは認められない。(※筆者にて注記、改行、下線、強調を追加。)
検討
以上のように、次の2点をどう評価するかによって結論が分かれました。
- 客が惣菜コーナーから持ってきた天ぷらをレジ前(売場前ではなく)に落とすことを予見できたか
- レジ前の落下物を速やかに発見し除去することができたか
なお、2審の判決文を前提にしても、仮に場所がレジ前ではなく惣菜コーナー前であれば、店側の責任は認められたのではないかと思われます。
また、例えば、過去に同種事例がどれだけあったかや、レジ内の店員からの床の視認可能性などの事情が変われば裁判所の判断も変わってくるのではないかと思われ、この点から、私としては、1審の判断が誤りであったというよりは、本件の事案は判断が微妙なケースであったと考えています。
サニーレタス事件について
参考のため、本件との比較で、サニーレタス事件の判決(東京地裁2021年(令和3年)7月28日判決)を見てみましょう。
事案の概要は、58歳の男性が日曜日の13時過ぎ、スーパー店内に設置されたサニーレタスの特売コーナー前に垂れていた水に足を滑らせ転倒し、傷害を負ったというものです。
本件事故は、原告が通常の買物客と同様の態様で買物をしていたにもかかわらず、買物客が特設平台に置かれたサニーレタスを取り出す際に水が垂れるという状況が繰り返されることにより本件水濡れ範囲が生じたことが原因となって発生したものであると認められる。そして、本件水濡れ範囲の詳細な状態や厳密な外縁については必ずしも判然としないところがあるが、原告が極端に特設平台に接近して歩行していたような状況はうかがわれず、また、被告において、本件店舗の開店から一定時間が経過して本件事故が発生するまでに、サニーレタスから垂れる水について清掃等の対応を採っていた形跡がうかがわれないことからすると、当該範囲は通常の歩行であっても転倒の危険が生じ得る広さに及んでいたと認めるのが相当である。
そして、(※証拠略)によれば、サニーレタスは水で戻してから販売する必要があることが認められるところ、被告においては、その陳列場所周辺の床が、サニーレタスに付いた水が垂れることによって一定の範囲で濡れることとなる可能性を認識していたと認められる一方、被告がその危険性を考慮して一定時間の間隔で清掃等の転倒防止のための対応を採っていた形跡がうかがわれないことからすると、上記の態様で発生した本件事故について、被告は、信義則上の安全管理義務に違反したものというべきである。(※筆者にて注記、改行、下線、強調を追加。)
客の過失を20%として過失相殺のうえ、店側の不法行為責任として2100万円超の損害賠償責任を認めました(後遺障害が発生したため多額になりました)。
上記判決文からお分かりのとおり、こちらの件では店側に「どのような安全配慮(管理)義務があったか」という点はあまり詳しく論じられていません。売場前の床の水濡れという事案であることから、おそらく安全配慮(管理)義務が存在すること自体はさほど議論にならなかったものと思われます。
過去の同種の裁判例を見ても、例えば岡山地裁2013年(平成25年)3月14日判決(ショッピングセンター、売場付近に落ちたアイスクリーム)や東京地裁2014年(平成26年)3月14日判決(ショッピングセンター、売場付近にこぼれていた日本酒)では店側の過失(安全配慮義務違反)が認められており、少なくとも売場前の床が濡れて滑りやすくなっている状況で、ある程度の時間放置されていた場合であれば、店側の責任は認められると考えてよさそうです。
前記の天ぷらの件はあくまで場所がレジ前であったことが重視されたために責任が否定されたものといえますので、安易に一般化することなく、転倒事故対策には引き続き注意を払う必要がありそうです。