タワマン節税訴訟、最高裁では何が判断されるのか【前編】不動産を用いた「節税」・通達6項とは
相続税対策として「タワマン節税」などと呼ばれる節税手法の是非が、訴訟で争われています。
この節税方法は、本人が亡くなる直前に高額の不動産を購入し、亡くなった後に相続人がその不動産を売却するというもの。相続税の計算にあたっては不動産の価額は実勢価額より低く算定されることを利用して、現金のまま保有していた場合よりも相続税額を減らすことができるという節税方法です。
これが許されるかどうかが争われた訴訟で、1審・2審を経て現在最高裁で係争中です。
「路線価否定」の相続課税、節税に影響も 4月に判決 : 日本経済新聞(2022年3月15日)
上記報道のとおり、2022年3月15日には最高裁で弁論が開かれ、4月19日に判決が言い渡されることとなりました。節税策として広く知られている方法について初めて最高裁の判断が下されることから、注目されています。
そこで今回は、この最高裁判決の見どころについて、問題の背景や法律上どのような点が問題となっているのかについて、2回に分けて解説します(後編はこちら)。
前編となる本記事では、まずはこの問題の背景について。
不動産を用いた節税とはどのようなものか、また国税側がこれに対抗する際に使う「通達6項」とはどのようなものなのでしょうか。
※追記:4月19日に出された最高裁判決の考察についてはこちら。
背景① 不動産を用いた節税とは
亡くなる時点で、財産を現金として持っていた場合に比べて、不動産として持っていた場合の方が結果として相続税が安くなることを利用した節税方法。中でもタワーマンションを使う方法は「タワマン節税」と呼ばれます(※ただし、本件はタワーマンションの事案ではありません)。
不動産を用いた節税の原理
相続税を計算する際、土地は路線価、建物は固定資産評価額により評価されますが(後述)、これらの評価額はもともと実勢価額よりも低くなるよう設定されています。
また、他人に貸している場合は賃借権の存在を考慮してさらに減価されますし、条件を満たせば小規模宅地特例も使えます。
したがって、亡くなる時に現金で持っているより不動産の形で持っている方が相続財産の額は少なく評価され、その分相続税の額も少なくなるわけです(不動産価額に変動がない場合)。
これに加えて、ローンで購入した場合には残っている債務の分が相続財産の額から除かれます。債務は額面どおりで計算されますから、購入時の借入れの比率が大きい場合は不動産の評価額は大幅に圧縮されます(場合によってはマイナスになります)。
これが不動産を用いた節税の原理です。
なるべく亡くなる直前に現金を不動産に替え、亡くなった直後に売却して現金に替えれば、低い税額で事実上現金を相続できることになります。そこで、富裕層の高齢者向けの手法として広く行われているそうです。
(ちなみにこの手法自体は昔からあったもので、バブル期にも流行ったそうです。)
※話はそれますが節税の原理は上記のようなものですから、ある程度の現金を持っていてある程度の借金ができる人でなければ使う意味があまりありません。かえって価格変動リスクの方が大きくなってしまいます。その意味で、これは富裕層向けの節税法といえます。
「タワマン節税」とは
なお、近年はこの手法に使われる不動産としてタワーマンション(タワマン)が人気だそうです。
大型のマンションで戸数が多ければ敷地の持分が小さくなることや、都市部のタワマンでは実勢価格の上昇が速いことなどから、路線価や固定資産評価額と実勢価格との差額はより大きくなります(これらの評価では階数を考慮しないため、特に上層階の場合はより実勢価額との差額が大きくなる)。
また、そもそも単価が大きいことや、売買のしやすさ(流動性)などを考慮すると、タワマンは富裕層の節税方法として適した商品だといえます。
そのため、前記の手法で効率的に節税するためにタワマンがよく使われるようになったことから、この手法が「タワマン節税」と呼ばれています。
実際に、賃借権も考慮した評価額は実勢価額の2~3割となる(場合によっては2割を下回る)こともあったようです。
背景② 通達6項とは
しかし、国税当局が黙って見ているわけがありません。
上記の節税策に対しては、国税当局がこれを否認して実勢価額での課税処分(更正処分)を行うことがあります。
この時に適用されるのが財産評価基本通達の第6項、通称「通達6項」(総則6項)です。
財産評価基本通達とは
ここで、財産評価基本通達について簡単に見てみます。
相続税の額は、相続した財産の「時価」を基準として算出されます(相続税法22条)。もっとも相続税法には(一部を除き)この「時価」をいくらと算定するのか、財産の評価方法が定められていません。
そこで、申告手続の便宜や公平性の観点から、国税庁が画一的に評価方法を定めたのが財産評価基本通達(以下「通達」といいます)です。
例えば、不動産に関しては土地(市街地の宅地)の評価は路線価方式(通達11項(1))、建物の評価は固定資産税評価額(通達89項)によるとされています。
その他、通達には財産ごとに評価方法が定められており、課税実務においてはこの通達の評価方法を使うことが前提となっています。
通達6項(総則6項)とは
もっとも、通達6項はその例外を定めています。
通達6項では「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」とされており、ここにいう「国税庁長官の指示を受けて評価する」とは、具体的には通常の不動産鑑定による評価によることになります。
つまり、通達6項が適用されれば実勢価額(※)をもとに課税されるということになります。
※正しくは不動産鑑定評価額(正常価額)と実勢価額は別のもの(別の概念)ですが、説明の便宜上本記事では鑑定評価額=実勢価額とします。
通達により一律に評価基準を定めたことから、個々の財産の個別的な特徴が捨象された結果、ある財産について通達の評価を適用すると実勢価額とはかけ離れた数字になってしまうことがあります。
そのような場合には、形式的に一律に基準を適用してしまうと実質的な公平を害するため、例外的に個別評価をすることとされました。
通達6項の適用場面
もっとも通達6項は、もともと公平のため画一処理をすることを目的に作られた通達の評価基準用いずに、事案に応じて個別的に評価するというものですから、適用されることはめったにありません。
このことから「伝家の宝刀」などと呼ばれています。
※報道によれば、適用件数は2011年~2021年11月11日まで9件。ただしそのうち8件が2016年以降とのことで、増加傾向にあるようです(国税、富裕層に「宝刀」多用: 日本経済新聞(2021年12月3日))。
ところで前述のとおり、この通達6項は節税策に対抗する手段として国税側に用いられることがあります。
具体的には、通達による評価(路線価など)を前提に低い税額で申告されたものに対し、税務署長が通達6項を適用して実勢価額を前提とした課税処分(更正処分)を行うことになります。
もっとも、そのような場合に通達6項を適用できるのかは争いがあるところです。
同じ物件でも、普通に買った人は通達評価(路線価など)で課税され、節税目的で買った人は鑑定評価(実勢価額)で課税されることになりますが、果たしてそのような解釈が許されるのか。
今のところ、多くの裁判例で節税目的の場合の通達6項適用を認めていますが、今回最高裁ではどのような判断がなされるのか、注目です。
※補足
なお、厳密にいうと本件(を含めこの種の訴訟)で争われているのは通達6項の解釈というより相続税法22条の「時価」という文言の解釈です。
本来、国税庁の内部規則にすぎないはずの通達には法規性(国民に対する法的効力)がないため、理論上は、通達に縛られず独自に「時価」を評価することができるはずです。
しかし、最高裁判例を含む多くの裁判例では、迅速性や公平性などの観点から通達の評価方法は「時価」の評価方法として合理性を有するものとされ、原則として通達の評価方法によるべきとされています。この意味で、通達は事実上法的効力を持つかのように取り扱われています。
もっとも、裁判例では上記に加えて、通達の評価方法では適正な時価を評価できない特別の事情がある場合には、別の合理的な評価方法(具体的には通常の不動産鑑定評価)を用いることができるとされています。
そのため、国税当局内部での「本件では通達6項を適用できるかどうか(著しく不適当といえるかどうか)」という問題は、訴訟においては「本件では特別の事情があるかどうか」という問題になるわけですが、議論の中身は同じです。
※参考
なお、通達6項関係の過去の裁判例を分析したものとして、下記の論文が非常に参考になります。
財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について-裁判例における「特別の事情」の検討を中心に-(国税庁webサイト)
また、こちらの文献もご参照。
税務評価と鑑定評価 ― 評価通達における土地等の時価と「特別の事情」 | 鵜野 和夫, 下﨑 寛, 関原 敎雄 |本 | 通販 | Amazon
判例・裁決例にみる 評基通によらない財産評価-「特別の事情」の存否- | 与良 秀雄, 渡邉 正則 |本 | 通販 | Amazon
次回は後編。2審ではどのような結論となったのか、最高裁(上告審)での争点、見どころについて解説します。
※追記:4月19日に出された最高裁判決の考察についてはこちら。