相続した建物に無償で住んでる人がいる?① 占有権原について
親から相続した建物に、もう何年も住み続けている人いる。家賃を払っておらず、また何らかの契約書もないらしい。
契約書もなく家賃も払っていないのなら不法占有ではないか。なんとか出てってもらいたいがどうしたらよいか――このような相談を受けることがあります。
もちろん、全くの不法占有(何の権利もなく勝手に住み始めたような場合)であれば論外ですが、そのようなケースは稀です。
実際には何らかの権利に基づいて占有していることがほとんどです。
そうはいっても今はタダで住んでいるわけですから、使用貸借なので法的には簡単に追い出せるのではないか、とお考えの方もいるかもしれません。
しかし、これは二つの意味で誤解です。
そもそもタダだから使用貸借とは限らない。そして、仮に使用貸借だとしても話は簡単ではないのです。
今回は、まず最初の点についてご説明します。
まずは占有権原の確認を
このような相談を受けたときにまず確認するのは、相手が主張する占有権原は何か(どのような法的根拠・権利に基づいて占有しているのか)という点です。
たとえ契約書が取り交わされていなかったとしても、だからといって何も権利がないとは限りません(裁判所は契約書の有無だけでは判断しません)。
何の法的根拠もなく勝手に侵入して住み始めたような、全くの不法占有といってよい場合も確かにありますが、実際には何らかの法的根拠を主張して占有していることがほとんどです。
占有権原としてよく出てくるのが賃借権、使用借権、所有権の3つですので、以下これらついて解説します。
※今回は割愛しますがほかに留置権や質権などもあります。
賃借権の場合
先代(前所有者)がもともと賃貸として貸しており当時は賃料を支払っていたが、ある時期から賃料が支払われなくなりそのまま現在に至る、といったケース。
仮にそのとおりだとすれば、先代と相手方との間には賃貸借契約が存在しておりそれを引き継いだことになります(法的には、契約のことを知らなくとも所有権を引き継げば同時に貸主としての地位も引き継ぐことになります)。
この場合、相手は賃借権に基づいて占有していることになります。
賃料を支払っていなかったとしても、それだけで自動的に賃借権が消滅するわけではありません。
とはいえ、長期間賃料を支払っていないのであれば賃貸借契約を解除することが可能です。
解除すれば契約は終了し、賃借権は消滅します。
ということで、この場合は出て行ってもらうのは(法的には)簡単です。
裁判例では1、2か月程度の不払いだと解除が認められないことが多いですが、数年にわたっているならまず問題ないでしょう。
交渉でらちが明かなければ訴訟を起こすしかありませんが、法的には(※)難しい話ではありません。
※ただ、法的にはともかく実務的な観点で見ると、仮に訴訟を起こして強制執行に至るとするならば、どんなにスムーズに進んだとしても最低で半年、通常は1年近くかかります。
また、強制執行の際には最低でも50~60万円程度の費用がかかります。
使用貸借の場合
何らかの事情で先代が無償で貸しており、それがいまだに続いているというケース。このように無償で貸す契約を使用貸借契約といいます。
仮にそのとおりだとすれば、賃貸借の場合と同様、こちらは先代の使用貸借契約を引き継いだことになります。
この場合、相手は使用借権に基づいて占有していることになります。
賃借権の場合と同様、契約が解除されない限り使用借権は残り続けます(※)。
※ただし、これは建物を相続で取得した場合の話。売買で得取得した場合は、占有者は原則として使用借権を主張できなくなります。
では使用貸借契約の解除はどのような場合にできるのでしょうか。
使用貸借では無償であるがゆえに法律上借主の立場が弱く、民法598条2項によれば、期限も利用目的も定められていない場合は貸主はいつでも契約を解除できるとされています。
一般的には期限や利用目的が定められていることは少ないでしょうから、契約を解除して出て行ってもらうことになります(ただし、前述のとおり訴訟や強制執行となれば時間と費用がかかります)。
ただ、一見するとこのように使用貸借は簡単なように思えますが、親族間で長年にわたって貸し続けていたような場合などでは解除が認められないケースもあるので注意が必要です。
詳細は別記事で。
所有権の場合
実は先代が生前に建物を売っていた、というケース。
もちろん、それが客観的に明らかであればどうしようもないわけですが、現実に紛争となる事例では、決め手となる証拠がどちらにもないことがほとんどです。
この場合は、当然ながら所有権がどちらにあるのか(=先代と相手方との間で本当に売買がなされたのか)という争いになります。
売買契約書がなく登記名義も移転されていないからといって、それだけでは安心することができません。
また、取得時効も問題となります。
相手が善意無過失(※)で占有を始めた場合は、占有開始から10年で取得時効が成立するためです。
そのため、時効の完成が近いのであれば、訴訟を起こすなどしてひとまず完成を阻止することが先決になります。
※ここでは「自分が所有者であると思っておりかつそのことに過失がない」という意味です。
全くの不法占有の場合
なお、まれではありますが相手が本当に何の権利もなく占有を始めたような、全くの不法占有というべきケースもあります。
例えば空き家を乗っ取るようなケース(※)。
※ちなみに、故意に他人の不動産の占有を奪う行為は不動産侵奪罪(刑法235条の2。10年以下の懲役)に当たります。
もちろん何の権利もないわけですから法的措置は簡単なように思えますが、一点注意が必要です。
それは取得時効。
仮に当初から悪意(ここでは「自分が所有者でないことは分かっていた」という意味)であったとしても、自らが所有者する意思で20年間占有を続ければ、取得時効が成立します。
そのため、時効の完成が近いのであれば直ちに訴訟などの措置をとる必要があります。