道路にはみ出した木の枝 撤去させる法的手段や、事故が起きた場合の責任について
道路にはみ出し、覆いかぶさるように茂っている樹木の枝。
道路の見通しも悪く、標識や信号も見えづらくなっていることもありますね。また、木の枝が歩行者や車に当たってしまう危険もあります。
このような樹木の枝を、撤去させる法的手段はあるのでしょうか。
最近、八王子市内の神社において樹木の枝が道路にはみ出している問題について、以下のような報道がされていました。
その歴史ある神社が、樹木の枝葉を境内からはみ出させており、車や歩行者に接触する危険があるなどとして、国土交通省相武国道事務所と市から2017年以降計11回、文書で行政指導されていることがわかった。
(中略)
現場を訪れると、北西角にある大木の枝葉が国道の上におおいかぶさるように伸び、大型トラックの荷台の上部に接触しそうになっている。信号機も枝葉に覆われて見にくい。枝葉が市道をまたいで児童館に達している場所もある。
相武国道事務所によると、2017年に通報をきっかけに越境を確認し、18年5月に宮司に口頭で改善を求めた。今年2月、住民の訴えで再び越境を確認し、道路の構造や交通に支障を及ぼすおそれのある行為を禁じた道路法43条に抵触しているとして、2、5月に計3回、「道路占用指導書」を宮司の家族とみられる人に渡したり、宮司の自宅に投函(とうかん)したりしたが、反応はないという。
報道によれば、八王子市と国土交通省から11回の行政指導が行われているそうですが、解決していないようです。
同様の問題は全国いたるところで起きていそうですね。
では、近隣住民や行政の要請にもかかわらず、土地の所有者が枝の切除などに応じない場合、どのような法的手段があるのでしょうか。
市が道路を管理しているのだから、市が勝手に切ってしまってよいのではないか――とも思えそうですが、実はそう簡単な話ではありません。
今回は、道路にはみ出した樹木の枝を撤去させる法的手段と、仮にその枝によって事故が起こってしまった場合の法的責任について解説します。
目次
民法に基づく切除請求
樹木の枝に関する民法の規定は、次のとおりです。
※2021年4月にこの規定は改正されました(改正法の施行日は2023年4月ころの見込み)。
施行日以降は内容が変わりますのでご注意ください。
※なお、改正の内容についてはこちら(【令和3年民法改正】隣地の樹木の枝や根が越境、法的手段は?)を参照ください。
第233条(竹木の枝の切除及び根の切取り)
1 隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2 隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
隣の土地にある樹木の枝(第1項)あるいは根(第2項)が、自分の土地にはみ出してきている場合の規定です。
第1項により、隣の人に対して、枝を切るよう請求することができます。しかし、こちらが勝手に切ってはいけません(これに対し、根っこの場合は第2項により勝手に切ってもOKとされています)。
この規定は道路の場合にも適用できますので、例えば、道路敷地の所有者が市であれば、市が道路沿いの土地の所有者に対して枝の切除を請求することが可能です。
ただ、隣の人がどうしても枝を切らない場合、強制的に切るためには、原則として訴訟を起こして勝訴判決を得たのち、強制執行を行う必要があります(緊急性がある場合には仮処分を申し立てることも可能ですが)。
そして、訴訟となれば最低半年以上の期間がかかるほか、弁護士費用など金銭的なコストもかかってしまうというデメリットがあります。
道路法に基づく措置命令・行政代執行
道路の維持管理などについて定めた道路法では、43条と44条が使えそうです。
なお、この道路法43条・44条については別の記事(道路上にはみ出した木の枝に関する規制(道路法43条・44条の規定について))にて詳細を解説していますので、そちらもご参照ください。
道路法43条
道路法43条の規定は次のとおりです。
第43条(道路に関する禁止行為)
何人も道路に関し、左に掲げる行為をしてはならない。
① みだりに道路を損傷し、又は汚損すること。
② みだりに道路に土石、竹木等の物件をたい積し、その他道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある行為をすること。
樹木を管理する者(その土地の所有者など)が、枝を適切に剪定せずに伸び放題にさせていることが「道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある行為」に当たると考えれば、43条2号違反となります。
冒頭で紹介した神社のケースでは、道路管理者である八王子市と国土交通省は、神社が枝を放置している行為が43条2号に違反すると考えているようです。
※なお、道路管理者として八王子市と国土交通省が出てくるのは、この神社が市道と国道に囲まれているためです。
もっとも、規定の文言などから、この43条はあくまで道路敷地内での行為を禁止したに過ぎないと考えれば、上記のケースは43条2号には違反しないと考えることもできます。
この点については(私が探した限り)裁判例がなく、争いがあり得るところです。
(詳細はこちらの記事(道路上にはみ出した木の枝に関する規制(道路法43条・44条の規定について))を参照)。
仮に、樹木の枝をはみ出させる行為が道路法43条2号に違反するとされた場合、刑事罰として、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
また、道路管理者(一般的に、市道なら市、国道なら国(国土交通大臣)です)は、その樹木の管理者(土地の所有者など)に対して、枝を切除するなどの措置命令(71条1項)を行うことができます。
さらに、措置命令にも従わなかった場合には行政代執行として強制的に枝の切除などを行うことが可能ですが、道路法にはこの場合の特則があり、44条の2の規定により行政代執行手続によらずとも枝の切除などを行うことが可能です。
道路法44条
こちらは、道路沿いの土地やそこにある樹木が道路の交通に危険を及ぼしているような場合の規定です。
樹木の枝が道路にはみ出しているようなケースでは、まさにこの規定が適用されることが想定されています。
第44条(沿道区域における土地等の管理者の損害予防義務)
1 道路管理者は、道路の構造に及ぼすべき損害を予防し、又は道路の交通に及ぼすべき危険を防止するため、道路に接続する区域を、条例(指定区間内の国道にあつては、政令)で定める基準に従い、沿道区域として指定することができる。但し、道路の各一側について幅二十メートルをこえる区域を沿道区域として指定することはできない。
2 前項の規定により沿道区域を指定した場合においては、道路管理者は、遅滞なくその区域を公示しなければならない。
3 沿道区域内にある土地、竹木又は工作物の管理者は、その土地、竹木又は工作物が道路の構造に損害を及ぼし、又は交通に危険を及ぼすおそれがあると認められる場合においては、その損害又は危険を防止するための施設を設け、その他その損害又は危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
4 道路管理者は、前項に規定する損害又は危険を防止するため特に必要があると認める場合においては、当該土地、竹木又は工作物の管理者に対して、同項に規定する施設を設け、その他その損害又は危険を防止するため必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。
(以下略)
1項では、道路管理者(市など)は、条例などで定める基準に従い、道路沿いの土地を「沿道区域」として指定することができるとされています(これを「沿道指定」といいます)。
沿道指定がなされると、道路沿いの土地やそこにある樹木や工作物の管理者は、それらが道路の構造に損害を及ぼすおそれや、道路の交通に危険を及ぼすおそれがある場合には、その危険を防止する措置を講ずる義務が生じます(3項)。
また、上記のような損害や危険を防止するため特に必要がある場合(例えば樹木の枝により現実に交通の危険が生じているような場合)には、道路管理者(市など)は、土地などの管理者に対して、危険を防止する措置(上の例では枝の切除など)を命じることができるようになります(措置命令。4項)。
この措置命令に従わなかった場合にも刑事罰があり、30万円以下の罰金が科されます(106条1号)。
また、前述の43条の場合と同様、措置命令に従わなかった場合には、行政代執行として市などが強制的に枝の切除などを行うことが可能になります。
ただし、その前提として、沿道指定の基準をまず条例(国が管理する国道では政令)で定めていなければなりません。
そのような条例が定められていなければ、そもそも44条を適用することはできないのです。
ちなみに、冒頭のケースの八王子市ではこのような条例が定められていないため、44条を適用することはそもそもできませんでした。
このような事態に対応するため、道路を管理する自治体としては、早期に沿道指定基準の条例を定めておく必要があります。
所有者が不明の場合
なお、以上の道路法の規定に基づく措置命令を行おうとする場合で、土地の所有者などが不明の場合には、道路管理者が強制的に枝の切除などを行うことができるとされています(71条3項)。
道路交通法に基づく措置命令・行政代執行
続いて、道路交通法についてです。
道路法の前述の規定と似たような規定が、道路交通法82条にもあります。
第82条(沿道の工作物等の危険防止措置)
1 警察署長は、沿道の土地に設置されている工作物等が道路における交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれがあるときは、当該工作物等の占有者等に対し、当該工作物等の除去その他当該工作物等について道路における交通の危険を防止し、又は交通の円滑を図るため必要な措置をとることを命ずることができる。
2 前項の場合において、当該工作物等の占有者等の氏名及び住所を知ることができないため、これらの者に対し、前項の規定による措置をとることを命ずることができないときは、警察署長は、自ら当該措置をとることができる。この場合において、工作物等を除去したときは、警察署長は、当該工作物等を保管しなければならない。
(以下略)
こちらは道路管理者(市など)ではなく警察署長の権限として定められています。
82条1項では、上記のように「沿道の土地に設置されている工作物等が道路における交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれがあるとき」には、その工作物等の占有者等(所有者や管理者など)に対して、交通の危険を防止するための措置を命じることができます(措置命令)。
道路沿いの樹木の枝や葉によって見通しが悪くなっていたり、信号や道路標識が見えない状態となっていたり、枝が車に当たる状態になっていたりすれば、道路における交通の危険が生じているといえるため、この規定には適用できると考えられます。
その場合、警察署長は、その敷地や樹木の管理者に対して、措置命令として枝の切除などを命じることができます。
この従わなかった場合にも刑事罰があり、3か月以下の懲役または5万円以下の罰金が科されます(119条1項14号)。
また、最終的には行政代執行によって枝の切除などをできると解されています。
なお、道路法の場合と同様、土地の所有者などが不明の場合には、警察署長が強制的に枝の切除などを行うことが可能です(82条2項)。
はみ出た枝により事故が起きた場合の責任
道路上にはみ出している樹木の枝が車や歩行者に当たったり、車が枝を避けようとしたりして事故が起こってしまった場合、土地や樹木の所有者や管理者は、どのような法的責任を負うのでしょうか。
もちろん、いくら枝がはみ出していたとしても、そのように道路に障害がある場合には運転者は当然それに注意して運転しなければなりませんから、仮に事故が起きた場合に一番責任が重いのは運転者です。
しかし、そのような場合でも枝が道路にはみ出し危険な状態となっていたのであれば、運転者の不注意のみならず枝も事故の原因となっているといえますので、土地の所有者など樹木の管理者も事故の責任の一部を負うことになります。
民法717条(土地工作物責任)
第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
1 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。
当ブログでよく出てくる規定ですが、ここで適用されるのは2項です。
樹木の管理をおこたって枝が伸び放題となり、交通に危険を及ぼすような状態となっていれば、「竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合」にあたります。
この状態で、枝が原因となって交通事故が発生したり、枝が折れて通行人や車に当たったりして第三者に損害を与えれば、土地の所有者など樹木の管理者は損害賠償責任を負います(ただし、前述のとおり、運転手にも過失が認められる場合には、相応の過失相殺がなされます)。
国家賠償法2条(営造物責任)
また、これとは別の観点で、道路の管理義務違反として、市など道路管理者が損害賠償責任を負うこともあります。
国や自治体の損害賠償義務を定めた国家賠償法には次のとおり定められています。
第2条
1 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。
(以下略)
先ほどの民法の土地工作物責任の、国・自治体版の規定です。
「公の営造物」一般に関する規定ですが、道路に関していえば、道路管理者(市など)は、常に道路を安全な状態に保つ義務があるとされています。
例えば、道路に穴が開いていて危険な状態であるのに、適切な管理(まずは通行禁止にしたり、その後直ちに補修したりするなど)を行わずに、それが原因で事故が発生した場合には、国や自治体が損害賠償責任を負います。
同様に、今回のように枝が道路に張り出しているようなケースでは、道路管理者(市など)は、土地の管理者に切除させるか、それが難しければ道路を通行禁止にするなどの措置をとらなければなりません。
これをおこたって事故が起きてしまった場合には、道路管理者(市など)にも損害賠償責任が認められる可能性があります(実際に市の損害賠償責任が認められた裁判例もあります)。
補足:どこまで枝が出ていたら危険といえるか
なお、枝が道路の上に少しでもはみ出していたら損害賠償責任が認められるというわけではありません。
損害賠償責任が認められるためには、枝が交通の危険を生じさせていることが必要です。
では、どの程度の高さにはみ出していたら危険と判断されるのでしょうか。
この点については一般に、車道であれば高さ4.5m(または3.8m)、歩道であれば2.5mと考えられます。この高さ以下に枝がはみ出していれば危険と判断されます。
道路における車両の安全な通行を図るため、道路の構造について定めた道路法及び道路構造令の規定により、原則として車道は4.5m、歩道は2.5m以下の空間に構造物を設置してはならないとされています(これを「建築限界」といいます。)。
したがって、樹木の枝もこれらの高さ以下にはみ出していれば、交通に危険があるといえるのです。
※なお、道路を通行できる車両の大きさなどを定めた道路法及び車両制限令の規定では、道路を通行できる車両の高さは原則3.8m以下とされていることから、この数値を基準とした裁判例もあります。