エスカレーターを歩行して転倒し、他人にケガを負わせた場合の法的責任は?
今年10月1日、埼玉県で「埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が施行されました。
エスカレーター「歩かない条例」10月1日施行 埼玉 - 産経ニュース(2021年9月27日)など
その第5条では「エスカレーターを利用する者(中略)は、立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない」とされており、エスカレーターで歩行することが禁止されています。
しかし、違反に対する罰則がないことから、条例の効果のほどを疑問視する声も挙がっているところです。
では、エスカレーターで歩行することには法的な問題は一切ないのか――というと、そんなことはありません。
もし歩行した際に誤って転倒し、他人を巻き添えにして怪我をさせてしまった場合は、この条例がなかったとしても民事上・刑事上の責任が発生する可能性があります。
民事上の損害賠償責任(不法行為責任)
民法709条によれば、故意または過失(不注意)によって他人に損害を与えた場合は、不法行為として損害賠償責任を負います。
エスカレーターや階段においては、自身が転倒すればその下にいる人に被害を及ぼす危険性がありますので、そのような危険を防止するため注意する義務があるとされます。
それにもかかわらず必要な注意を怠り、転倒して他人を巻き込んで怪我をさせてしまった場合には、過失が認められ損害賠償責任を負うことになります(階段での歩行について、東京地裁2017年2月17日判決、同2019年1月29日判決など)。
もちろん、仮に十分注意したとしてもその転倒事故が避けられなかったような場合であれば、過失なし(無過失)となり損害賠償責任を負うことはありません。
もっとも、私見ですがエスカレーターでの場合は、階段と違いそもそも歩行することを前提として設計されていませんので、無過失となる場合はほぼないと考えられます。
刑事責任(過失致死傷罪)
刑事責任についても基本的には同様です。
過失によって他人を死傷させた場合には、過失致死傷罪(刑法209条または210条)が成立します。
もっとも、実際に過失致傷罪で立件されるのは、悪質性の高い場合や結果が重大な場合に限られるでしょう。
条例は無意味?
以上のように、仮にエスカレーターで歩行して転倒し、他人を巻き添えにして怪我を負わせてしまった場合には、埼玉県の条例のような規制がなかったとしても法的責任が生じます。
では条例は法的に無意味であったのか、というと私はそうではないと考えています。
この条例が話題になったことで、少なくともエスカレーターを歩行することの危険性について広く周知されたことは間違いありません。
さらに、同様の条例が他の自治体でも制定されるなどして危険性に対する意識が浸透すれば、事故の際に過失がより認められやすくなる(無過失とされる場合が少なくなる)でしょう。
今後、同様の条例が広がるのか、廃止あるいは逆に罰則化などの声が上がるか、動向が気になるところです。
※参考
埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例
第1条(目的)
この条例は、エスカレーター(動く歩道を含む。以下同じ。)の安全な利用の促進に関し、県、県民及び関係事業者の責務を明らかにするとともに、エスカレーターの利用及び管理に関し必要な事項を定めることにより、エスカレーターの安全な利用を確保し、もって県民が安心して暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする。第2条(県の責務)
県は、県民、関係事業者及び関係地方公共団体との相互の連携及び協力の下に、エスカレーターの安全な利用の促進に関する総合的な施策を策定し、及び実施するものとする。第3条(県民の責務)
1 県民は、エスカレーターの安全な利用に関する理解を深め、エスカレーターの安全な利用に関する取組を自主的かつ積極的に行うよう努めなければならない。
2 県民は、県及び関係事業者が実施するエスカレーターの安全な利用の促進に関する施策及び取組に協力するよう努めなければならない。第4条(関係事業者の責務)
1 関係事業者は、エスカレーターの安全な利用に関する理解を深め、エスカレーターの安全な利用の促進に関する取組を自主的かつ積極的に行うよう努めなければならない。
2 関係事業者は、県が実施するエスカレーターの安全な利用の促進に関する施策に協力するよう努めなければならない。第5条(利用者の義務)
エスカレーターを利用する者(次条において「利用者」という。)は、立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない。第6条(管理者の義務)
エスカレーターを管理する者(次条において「管理者」という。)は、その利用者に対し、立ち止まった状態でエスカレーターを利用すべきことを周知しなければならない。第7条(管理者に対する指導等)
知事は、エスカレーターの安全な利用の促進のために必要であると認めるときは、管理者に対し、前条に規定する周知に関し必要な指導、助言及び勧告をすることができる。附 則
(施行期日)
1 この条例は、令和三年十月一日から施行する。(見直し)
2 県は、社会状況の変化等を踏まえ、必要に応じこの条例について見直しを行うものとする。