裁量労働制の安易な導入に注意! 企画業務型裁量労働制とは

本日の新聞で、野村不動産が裁量労働制(企画業務型裁量労働制)を違法に適用していたため各地の労働基準監督署から是正勧告を受けたというニュースが取り上げられています。
本来、この制度の対象とならない従業員(実質的な営業担当者)に対して適用し、残業代の一部を支払っていなかったことが発覚しました。

厚生労働省東京労働局は26日、裁量労働制を社員に違法に適用し、残業代の一部を支払わなかったとして、不動産大手の野村不動産の本社(東京)や関西支社など全国4拠点に対し、各地の労働基準監督署が是正勧告をしたと発表した。宮嶋誠一社長に対し、是正を図るよう25日付で同労働局長から特別指導もした。

(中略)

同労働局は対象の社員を「個別営業などの業務に就かせていた実態が全社的に認められた」と指摘。大半が「対象業務に該当しない」として違法と判断した。

裁量労働、営業に違法適用 野村不動産に是正勧告:朝日新聞デジタル(2017年12月27日)より

東京労働局は26日、残業代の未払いなどがあったとして、野村不動産の本社(東京・新宿)や関西支社など全国5事業所に対し労働基準法違反で是正勧告したと発表した。同労働局によると、社員の営業活動に対し、一定の労働時間を働いたとみなす裁量労働制を不当に適用していた。

勧告は25日付。宮嶋誠一社長に対し是正勧告書を渡すとともに、口頭で指導した。

裁量労働制で営業  不当適用、野村不動産に是正勧告:日本経済新聞(2017年12月27日)より

労働基準法をよく理解していない中小・零細企業ならともかく、大手でも堂々とこんなことをやっていたのか…というのが率直な感想です。

今年の労働基準法改正の議論の中で、裁量労働制の対象を拡大し、営業担当者にも適用できるようにしようという話がありました。しかし、労働者側からの反発もあって、この話は先送りとなっています。
このように、最近では働き方改革が話題になることが多いせいもあってか、労働基準監督署も違法行為の摘発に力を入れています。
企業としては、今一度、自社の規程の内容や運用について問題がないか、専門家を交えてしっかり確認しておく必要がありますね。

さて、この件で問題となったのは裁量労働制の中でも企画業務型裁量労働制ですが、後述のとおり導入している企業数が非常に少ないこともあってか、いまいちよく理解していない方も多いのではないでしょうか。
実際に、弊所のクライアントからもよく質問されます(とはいっても導入できるケースはほぼありませんが)。

そこで、今回は企画業務型裁量労働制について解説します。

 

「みなし労働時間制」の一種

以前の記事(みなし労働時間制とは)で「みなし労働時間制」(実際の労働時間にかかわらず特定の時間労働したものとみなす制度)について解説しましたが、企画業務型裁量労働制は、その一種です。

みなし労働時間制は、大きく
 ①事業場外みなし労働時間制
 ②裁量労働制
に分かれ、そのうち②がさらに
 ②-1 専門業務型裁量労働制
 ②-2 企画業務型裁量労働制
に分かれています。

これらの制度は、労働基準法の第4章「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の中の規定に定められており、労働時間に関する特則という位置づけとなっています。
企画業務型裁量労働制については、第4章の中の第38条の4に定められています。

 

企画業務型裁量労働制とは

裁量労働制とは、労働時間の管理を従業員の裁量にゆだね、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定めた一定の時間だけ労働したものとみなし、これをもとに給与を計算する制度をいいます。
業務の性質上、労働時間の管理を会社が行うのではなく、従業員の裁量にゆだねることが適切であるといえる業務について、適用が認められます。

このうち企画業務型裁量労働制は、一般的にいうと、事業運営上の重要な決定が行われる、本社などにおける企画・立案・調査・分析などの業務で、かつ、会社の具体的な指示を受けることなく実質的にこれらの意思決定にかかわる役職の従業員が対象となります。
会社の営業戦略や生産計画の策定、人事制度の制定など、会社全体の戦略に関する意思決定にかかわる業務を想定しています。

ただし、法令上対象業務が限られている専門業務型裁量労働制と異なり、企画業務型裁量労働制では対象業務が厳格に定められているわけではありません。

 

企画業務型裁量労働制の対象となる業務・従業員

前述の労働基準法第38条の4第1項では、対象業務については

「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」(第1号)

と定められており、また対象となる従業員については

「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」(第2号)

と定められており、具体的な業務・従業員の内容については解釈にゆだねられています。

この点につき、法令の具体的な解釈指針として、厚生労働省が告示(平11.12.27労働省告示149号(平15.10.22厚生労働省告示353号により改正))を出しています。
この告示では、企画業務型裁量労働制について、対象となる事業場や労使委員会の決議事項等について法令の解釈を示していますが、その中で、対象業務については以下のように示しています。

(イ) 対象業務となり得る業務の例

(1)経営企画を担当する部署における業務のうち、経営状態・経営環境等について調査及び分析を行い、経営に関する計画を策定する業務

(2)経営企画を担当する部署における業務のうち、現行の社内組織の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな社内組織を編成する業務

(3)人事・労務を担当する部署における業務のうち、現行の人事制度の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな人事制度を策定する業務

(4)人事・労務を担当する部署における業務のうち、業務の内容やその遂行のために必要とされる能力等について調査及び分析を行い、社員の教育・研修計画を策定する業務

(5)財務・経理を担当する部署における業務のうち、財務状態等について調査及び分析を行い、財務に関する計画を策定する業務

(6)広報を担当する部署における業務のうち、効果的な広報手法等について調査及び分析を行い、広報を企画・立案する業務

(7)営業に関する企画を担当する部署における業務のうち、営業成績や営業活動上の問題点等について調査及び分析を行い、企業全体の営業方針や取り扱う商品ごとの全社的な営業に関する計画を策定する業務

(8)生産に関する企画を担当する部署における業務のうち、生産効率や原材料等に係る市場の動向等について調査及び分析を行い、原材料等の調達計画も含め全社的な生産計画を策定する業務

 

(ロ) 対象業務となり得ない業務の例

(1)経営に関する会議の庶務等の業務

(2)人事記録の作成及び保管、給与の計算及び支払、各種保険の加入及び脱退、採用・ 研修の実施等の業務

(3)金銭の出納、財務諸表・会計帳簿の作成及び保管、租税の申告及び納付、予算・決算に係る計算等の業務

(4)広報誌の原稿の校正等の業務

(5)個別の営業活動の業務

(6)個別の製造等の作業、物品の買い付け等の業務

(※太字は筆者)

このように、経営企画、人事制度、財務計画、営業計画、生産計画など会社全体の経営計画の策定にかかわる業務が対象とされています。
上記の内容からも明らかなように、個別の営業活動が対象業務に含まれないことは明確です

また、対象となる従業員については以下のように示しています。

労使委員会において、対象労働者となり得る者の範囲について決議するに当たっては、委員は、客観的にみて対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有しない労働者を含めて決議した場合、使用者が当該知識、経験等を有しない労働者を対象業務に就かせても企画業務型裁量労働制の法第4章の労働時間に関する規定の適用に当たっての労働時間のみなしの効果は生じないものであることに留意することが必要である。例えば、大学の学部を卒業した労働者であって全く職務経験がないものは、客観的にみて対象労働者に該当し得ず少なくとも3年ないし5年程度の職務経験を経た上で、対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者であるかどうかの判断の対象となり得るものであることに留意することが必要である。

(※太字は筆者)

告示のこのような解釈を前提とすると、企画業務型裁量労働制が適用できるのはかなり限定された場面であることがお分かりいただけると思います。

もちろん、この告示は、あくまで厚生労働省の解釈です。
仮に裁判となった場合に裁判所がこの考え方を採用するとは限りません。

しかし、厚生労働省が発している告示である以上、この告示は労働基準監督署が違法行為の摘発を行う際の指針にほかなりません
したがって、労基署対応という観点からは、この告示の内容は必ず念頭に置かなければなりません。

 

企画業務型裁量労働制の導入状況

企画業務型裁量労働制を導入・適用するためには、その対象となる業務・従業員が前記第1号(対象業務)・第2号(対象となる従業員)の条件を満たしていることに加え、労使委員会を設置したうえで(単なる労使協定ではダメです)、委員会において、みなされる労働時間や、従業員が裁量を有すること、会社が講ずる健康確保措置や苦情処理措置を定めることのほか、対象従業員の個別の同意を得ることなどを定め、その決議を届け出る必要があります。

前述のように企画業務型裁量労働制は限られた場面でしか適用できない制度であることに加え、このように手続も複雑であるため、実際に導入している企業はかなり少ないようです。

平成28年度の調査(常用労働者30人以上の民営企業を対象。有効回答数4,520)では、企画業務型裁量労働制を導入している企業の割合はわずか0.9%にとどまります。

(赤線は筆者。平成28年調査概況より)

導入している例が少ないこともあってか、専門業務型裁量労働制と異なり、企画業務型裁量労働制の適用については訴訟で争われた例はほとんどありません。
そのため、仮に訴訟となった場合に裁判所がどのような解釈を行うか、予測は難しい状況です。

 

裁量労働制の導入にあたって

裁量労働制を導入すればみなし労働時間制が適用でき、残業代を制限することが可能となることから、一見すると経営陣にとっては魅力的な制度に見えるのかもしれません。
冒頭の野村不動産のケースも、実質的な営業担当者の残業代を抑制するために独自の解釈によって裁量労働制を導入し、運用し続けていたことでしょう。

しかし、特に近年では過労死事件が社会的に大きくクローズアップされることもあって、労働基準監督署はこうした脱法行為に目を光らせています。

裁量労働制の導入にあたっては、規制の内容を正確に理解することはもちろん、従業員の勤務実態やそれによる健康状態への影響に配慮し、慎重に検討しなければなりません。