ハンコ(押印)の法的効力(1/4) 人はなぜハンコを押すのか
契約書や申請書のほか、社内での報告書や稟議書といった内部文書など、日常の多くの場面でハンコを押すことが多いと思います。
それは、なぜでしょうか。
「そのような決まりになっているから」という理由で何となく押していることが多いかもしれません。
では、そのような決まりになっているのはなぜでしょうか。
法律的な効力の問題なのか。あるいは単なる文化なのか。
さまざまな解説を読んでも、しっくりこない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、今回のシリーズ(全4回)ではハンコの法的な効力や位置づけについて、次のような点を中心に考えてみます。
ハンコには何らかの法的な根拠や効力があるのか。
そもそも法的に必要なものなのか。不要だとすれば、ハンコに代わるものはあるのか。
あるいは、ハンコがなくなる日は来るのか、なくすことはできるのか――
第1回目となる今回は、契約書とハンコについて。
契約を締結するためにはハンコが必要がなのでしょうか。不要だとしたら、人はなぜハンコを押すのでしょうか。
第1回(今回):なぜ人はハンコを押すのか
第3回:ハンコに代わる契約方法
第4回:ハンコはなくならない? ただし不要なハンコはなくすべし
(番外編1):印鑑の種類(認印・実印・角印・丸印・ゴム印(シャチハタ))について
(番外編2):割印・消印・契印の違いと、それぞれの押し方について
目次
問題の所在
典型的には「契約書には押印する必要があるのか?」「押印がない契約書は法的に有効なのか?」という疑問として表れることが多いため、まずは契約書の例を念頭に法的観点から説明します。
最初に指摘しなければならないのは、これらの疑問は次元の異なる2つの問題を混同している、ということです。
それは、
- 契約が法的に有効となるためには契約書が必要か
- 契約書を作る場合に押印が必要か
という2つの問題です。
契約書は必要なのか?
まず前者について。
契約が有効となるためには契約書が必要なのでしょうか。
法的には原則として不要
以前の記事(印鑑の種類(認印・実印・角印・丸印・ゴム印(シャチハタ))について)でも説明しましたが、一部の契約(※)を除き、法的には契約書は必要ありません。
「口約束でも契約は成立する」といわれるとおり、契約書がなくとも法的に有効な契約となります。
※例外として、例えば債務の保証契約(民法446条)や定期借家契約(借地借家法38条)では書面により契約をする必要があるとされていますので、契約書を作成しなければ契約は無効となります。
法律上は、契約が成立するためには約束事などの合意が存在すれば足り、その方式は問わないのが原則となっています。
つまり、口約束でもメールでもLINEでもOKということになります。
なぜ契約書が作られるのか
しかし、日常目にする契約では契約書(あるいはそれに代わる書面)を作成しています。
それはなぜなのでしょうか。
それは次の理由によるものと考えられます。
- 物として残るため証拠になる
- 文字で書かれているため内容が明確
- 慣習(一部の取引分野では契約書を作成することが慣習となっている)
このような利便性のために「契約書として文書に残す」という方式が確立し、現代に至るまで使われているのです。
契約書に押印は必要か?
では次に、後者の点(契約書に押印する必要があるか)について。
原則として契約書に関する決まりはない
前述のとおり、契約書とは、利便性のために確立した慣習に過ぎません。法的な要請ではないのです。
したがって、契約書の形式には法律上の決まりはありません(※)。当然、「押印しなければ無効」というものでもありません。
※例外として、例えば事業関係債務についての保証契約(民法465条の6)、任意後見契約(任意後見契約に関する法律3条)、事業用定期借地権設定契約(借地借家法23条)では公正証書により契約をする必要があるとされており、この場合は原則として押印が必要です。
極端な話、パソコンで作成してプリンターで印刷しただけの書面であっても、当事者がその内容に合意していればよいということになります。
しかし、普通はそれを「契約書」とは呼びません。
証拠としての価値
署名も押印もない書面であっても、当事者間に争いがなければよいかもしれません。
しかし、もし相手方が「そんな内容に合意した覚えはない」と言い出したらどうでしょうか。
手元にあるのは、署名も押印もない、誰が書いたか分からない書面だけです。
これでは、相手方がその内容に合意したかどうかの証拠にはならないので、証拠としての価値は乏しく、契約が成立したことの立証は難しいでしょう。
なぜ契約書に押印がなされているのか
これに対し、その書面に署名や押印があった場合には、合意があったことの立証は容易になります。
このように、署名や押印は、当事者本人がその契約書どおりの合意をした、ということの証拠になるのです。
また、署名や押印をした本人としては、後になって自らそれを否定するのは事実上しにくくなる、ということもあるでしょう。
そこで、契約書を作る場合には署名や押印がなされているのです。
長々と書きましたが、ここまでは法律や裁判のことを考えなくとも常識的かと思います。
ここまでのまとめ
ここまでを簡単にまとめますと、法律上の原則としては、
- 契約が法的に有効となるためには契約書は必須ではない
- 契約書を作る際には署名や押印をしなければならないという法律上の決まりはない
- しかし、署名も押印もなければその契約書を誰が書いたかわからないので、普通は契約書に署名や押印をしている
ということになります。
これだけであれば、署名や押印とは法的な問題ではなく、単に常識の範囲内での話だということになりそうです。
しかし、実は、署名や押印がある契約書とそれらがない契約書とでは、裁判になったときの扱いが法律上異なります。
前述の話によれば、押印の有無によって法律上の効力の違いはないのでは…と考えたくなりますが、これはまた次元の異なる問題なのです。
この点が問題を少し分かりづらくしています。
詳細は次回(ハンコのある書面は法律上特別扱いされる?)。