ハンコ(押印)の法的効力(2/4) ハンコのある書面は法律上特別扱いされる?
前回の記事では、契約書の有無や押印の有無によって契約の法的効力には変わりがないことを説明しました。
では、押印は法的には全く意味のないことなのか、と思いきや実はそうではないのです。
署名や押印ががある文書の場合、法律上、裁判では特別な取扱いを受けることになっています。
では、そればどの程度「特別」なのでしょうか。
第1回:なぜ人はハンコを押すのか
第2回(今回):ハンコのある書面は法律上特別扱いされる?
第3回:ハンコに代わる契約方法
第4回:ハンコはなくならない? ただし不要なハンコはなくすべし
(番外編1):印鑑の種類(認印・実印・角印・丸印・ゴム印(シャチハタ))について
(番外編2):割印・消印・契印の違いと、それぞれの押し方について
目次
署名/押印がある文書の取扱い
少し専門的な話になりますが、民事裁判の手続について定めた民事訴訟法では、証拠書類の中でも署名や押印がある文書は特別な取扱いがされています。
民事訴訟法の規定
民事訴訟法228条4項では、次のとおり定めています。
民事訴訟法第228条第4項
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
私文書(※)に、本人(または代理人)の署名、または本人(または代理人)の押印があるときは、その文書は真正に成立したものと推定されます(以下、代理人の場合を省いて説明します)。
※公文書以外の文書(公文書とは、公務員がその職務上作成した文書のことをいいます)。通常の契約書は私文書に含まれます。
ここでいう「真正に成立した」とは、文書が本人の意思に基づいて作成されたこと(つまり偽造でないこと)を意味します。
また、「推定」とは、反対の事実が立証されない限りそのように扱う、という意味です。
まとめると、「私文書に本人の署名または本人の押印があるときは、本人の意思に基づいて作成されたものと推定する(反対の事実が立証されない限りそう扱う)」ということになります。
押印がある文書の場合(二段の推定)
さらに、押印の場合については、判例により、本人のハンコが押してあれば本人が押印したものと推定する、と解釈されています。
したがって、この判例を上記条文と組み合わせると、押印の場合については、
本人のハンコが押してある→本人が押印したと推定→文書が本人の意思に基づいて作成された(偽造文書ではない)と推定
ということになります。
この二段階の推定のことを、法学用語で「二段の推定」といいます。
つまり、押印してある文書を証拠として出した場合、押してあるのが本人のハンコであることを立証しさえすれば、本人が押したのか誰かが勝手に押したのかは分からなくとも、その文書は原則として本人の意思に基づいて作成されたものと扱われるわけです。
契約の成立まで推定される
さらに、この二段の推定には続きがあります。
その文書が法律上の意思表示を行う文書(契約書など)である場合には、裁判例上、文書の成立が真正であれば本人がその意思表示(契約など)をしたことまで推定されます。
つまり、
本人のハンコが押してある→本人が押印したと推定→文書が本人の意思に基づいて作成されたと推定→契約が成立したと推定
とういことになり、契約書に押してあるのが本人のハンコであれば、契約が成立したことまで推定されるのです。
押印は法律上特別扱い?
このような民事訴訟法の規定からすれば、やはり押印には法的な意味はあるのではないか、と考えることもできそうです。
しかし、本当にそういえるでしょうか。
どの程度「特別扱い」されるのか?
さて上記の「特別扱い」ですが、どの程度「特別」なのでしょうか。
もう一度みてみますと、二段の推定と、その次の推定により、
本人のハンコが押してある→本人が押印したと推定→文書が本人の意思に基づいて作成されたと推定→契約が成立したと推定
ということになります。
つまり、その契約書を証拠として出す側としては、そこに押してあるハンコが相手方本人のものであることさえ立証すれば、原則として、契約は成立したものと扱われるわけです。
どう立証する?
では、そもそもの前提である「そこに押してあるハンコが相手方本人のものである」という立証はどうすればよいのでしょうか?
もちろん、実印と印鑑登録証明書のセットがあれば難しくないでしょう。
しかし、実印でなければどうでしょうか。
仮に本人が「これは私のハンコではない」と言い張った場合には、立証はかなり難しくなります。
その人が過去に別の文書でもそのハンコを使ったことがあればよいですが、特に百均で売ってるような三文判の場合では、本人に否定されれば立証はほぼ不可能です。
※ちなみに、実印と認印の違いはまさにこの点にあります。法的な効力が強いかどうかという話ではなく、実印の場合には公的機関がハンコの持ち主を証明してくれるので立証が楽になるという話に過ぎません。
結局意味があるのは実印の場合だけ
前述の「二段の推定」は、本人のハンコが押してあることが前提となっています。
そして、その前提はこちらで立証しなければならないわけですから、決して「押印があるから安泰」というわけではないのです。
結局、二段の推定がその効力を発揮するのは、本人のハンコであることに争いがない場合か、あるいはそのことの立証が容易な場合(実印である場合など(※))に限られます。
※過去に同じ相手と契約したことがあり、相手が今回もその時と同じハンコを使っている場合も同様。もっとも、そうであれば今回の契約について相手が争ってくること自体が考えにくいですが。
そう考えると、結局ハンコがあることに意味があるのは実印の場合だけということになります。
(※参考:署名の場合)
なお、署名の場合にはどうでしょうか。
前述の民事訴訟法228条4項では「署名又は押印があるときは」とあり、署名の場合にもこの推定規定は適用されます。
もっとも、ハンコでは「他人が勝手に押した」ということがあり得るのに対し、署名ではそのようなことはありません。
そのため、その署名が本人のものだと立証されれば、文書の成立の真正は推定されることになります。
とはいえ、やはり本人が「それは私の署名ではない」と主張した場合には筆跡鑑定などで立証することが必要になります。
しかも、裁判例においては筆跡鑑定の証明力は確実なものとは扱われていないのです。
そうすると、ハンコを印鑑登録証明書で立証する場合に比べれば、署名が本物であることを立証するのは難しいといえるでしょう。
署名や押印はなくても問題ないか
以上をまとめると、
- 民事訴訟法には、署名や押印がある場合には文書の真正が推定されるという特別の規定がある
- しかし、実際にその規定の恩恵を受けるのは、実印の場合以外にはほとんどない
ということになります。
署名や押印があることの法的な実益は、思ったより少ないのです。
そうすると、署名や押印はなくても問題なさそうな気がします。
では、署名や押印に代わる契約方法としてはどのようなものがあるのでしょうか。
次回(ハンコに代わる契約方法)に続きます。