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ハンコ(押印)の法的な意味(3/4) ハンコに代わる契約方法


前回の説明では、契約書に署名や押印がある場合には民事訴訟法において特別な扱いがされているものの、その実益は、思ったより少ないということでした。

そうすると、契約をするに際して署名や押印はなくても問題なさそうな気がします。
では、署名や押印に代わる契約方法としてはどのようなものがあるのでしょうか。

第1回:なぜ人はハンコを押すのか

第2回:ハンコのある書面は法律上特別扱いされる?

第3回(今回):ハンコに代わる契約方法

第4回:ハンコはなくならない? ただし不要なハンコはなくすべし

電子署名

まずは電子署名について。
署名や押印を電子的に行う技術です。

本記事では深入りしませんが、要は、本人でないと行うことができない方法(例えば、本人のICカードとパスワードがないと操作できない方法など)により、PDFなどの文書データに特別なデータを付加するものです。

電子署名のデータを見ると、ある日時に署名者がその文書データに電子署名を付与した(そしてその後に文書を改変していない)ことが分かります。

所得税の申告などでe-taxをやっている方であれば、マイナンバーカードを使った電子署名をご存知かもしれません。

ICカードなどが手元にあれば、契約書などのデータに電子署名を付与して、お互いに取り交わすこともオンライン上で可能になります。

電子署名法の規定

電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)には、前回の記事で紹介した民事訴訟法228条4項と同じような規定があります。

第3条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

この規定により、法令上の技術要件を満たした方式の電子署名については、紙の文書に署名や押印がなされた場合と同様に扱われることになっています。

つまり、PDFなどのデータに電子署名が行われている場合には、そのデータは真正に成立したものと推定されます。

利用へのハードル

ただし、契約当事者が双方ともに電子署名システムに対応していなければならない、というネックがあります(いわゆる「当事者型」の場合)。

技術的に難しいものではなく一般的なIT知識で対応可能ですが、ITに疎い会社であれば採用までのハードルは高くなります(対応したソフトの導入などのほか、社内における運用ルールの策定の必要もあります)。
また、会社でなく個人であれば、わざわざ導入しようとする人は少ないかもしれません。

なお、当事者双方がシステムに対応していなくとも、当事者間の契約を第三者企業が証明するという方法もあります(いわゆる「立会人型」)。

立会人型の場合であれば、費用はかかりますが利用回数によっては安価に抑えられるでしょう。
ただし、当事者双方がこの方法で契約することに同意している必要はあります。

いずれにせよ、ネットワーク効果(外部性)が働く(利用者が多くなってこそ価値を発揮する)サービスといえますから、新たな慣習が広がるためには今後の普及が期待されます。

※当事者型:当事者双方が同じ文書データに電子署名を行う方法。紙の文書にたとえるなら実印を押して印鑑証明書を交付するイメージです。
 立会人型:立会人となる第三者企業が、当事者双方の本人確認を行ったうえで電子署名を行う方法。紙の文書にたとえるなら公証人が公正証書を作成するイメージです。

 

署名や押印に頼らない契約方法(立証方法)

前述の電子署名は、できあがった文書データに特定の人しか付与できないデータを付与するというものですから、いわば「電子的な契約書に、電子的に署名や押印を行う」というものです。
電子的になったとはいえ、署名や押印を必要とします。

これに対して、そもそも署名や押印に頼らない方法も考えられます。

署名や押印に頼らない立証方法

第1回目で説明したとおり、契約が成立したことを立証するためには必ずしも「契約書」を要するわけではありません。
要は「その内容で合意した」と立証できる何かがあればよいわけです。

例えば、メールやLINEのやり取りのほか、会話の録音データなどが考えられます(※ただし、後述のとおり証明力という問題は残ります)。

もっとも、これでは複雑な内容の合意を残すのは難しいので、やはり何らかの書面のようなものが必要になるでしょう。
そこで例えば、押印前の契約書案をPDFデータでやり取りして、これでOKだと双方が確認したメールを残しておく方法も考えられます。

実際にこのようなメールの存在で契約を立証した裁判例もありますし、私もその経験があります。

なお、以前の記事(「押印についてのQ&A」(内閣府・法務省・経産省)を分かりやすく解説)でも紹介した「押印についてのQ&A」には、参考として次のような方法が紹介されています。

(a) メールにより契約を締結することを事前に合意した場合の当該合意の保存
(b) PDFにパスワードを設定
(c) (b)のPDFをメールで送付する際、パスワードを携帯電話等の別経路で伝達
(d) 複数者宛のメール送信(担当者に加え、法務担当部長や取締役等の決裁権者を宛先に含める等)
(e) PDF を含む送信メール及びその送受信記録の長期保存

法務省:押印についてのQ&A

証拠として十分か?(証明力の問題)

では、上記の方法(以下「署名や押印に頼らない方法」と呼ぶことにします)では証拠として十分といえる(証明力がある)のでしょうか。

※証明力とは、証拠の信用性(立証に役立つ程度)のことです。

もちろん、メールの送受信履歴もその気になれば簡単に偽造できます。
また、相手がPCやメールサーバ内のデータを消したうえで「そんなメールは受け取っていない」と言い張ってしまえば、こちら側での立証は極めて困難です。

このように、メールなどの記録も完全なものではありません

※これに対し、前述のとおり(法定の要件を満たした)電子署名であれば、偽造や証拠隠滅の可能性はそもそも低いですし法律による推定もされますので、証明力の問題は起こりづらいといえるでしょう。

しかし、それは現状の署名押印という慣習でも同じことです。
前述のとおり、実印以外の場合には押印が本物だという立証はほぼ不可能ですし、署名についても必ずしも筆跡鑑定で完全に立証されるわけではありません。

つまり、認印でもOKとするのであれば、現状の慣習に基づく方法自体も証明力は低いのです。

少なくとも、上記の「署名や押印に頼らない方法」での証明力が、「認印でもOKとする現状の慣習に基づく方法」と仮に同程度かそれよりもマシなのであれば、「署名や押印に頼らない方法」を採用する余地は十分あります。

 

押印文化はなくなるか?

そうすると、電子署名や、前記の「署名や押印に頼らない方法」があることにより、紙の契約書に署名や押印をするという慣習(押印文化)は、もはやなくなってもよさそうです。

では、この先本当に押印文化はなくなるのでしょうか。

最終回の次回は、この点について考察します。


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