心理的瑕疵に関する不動産業者の告知・説明義務(国交省ガイドライン案を読む際の注意点)

5月20日、国土交通省から「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」というガイドラインの案(以下「ガイドライン案」)が発表されました。
現在、国交省がパブコメを募集しています(6月18日まで)。

このガイドラインでは、宅地建物取引業者(宅建業者)の、心理的瑕疵に関する調査義務・説明義務の基準が定められています。

※宅建業者が媒介(仲介)を行う場合のほか、売主となる場合も含みます。

ガイドライン案では、例えば物件内で自殺があった場合、そこから概ね3年間はその事実を買主などに告げるものとする、などの基準が定められています。
心理的瑕疵の扱いについては明確な基準がないため、取引のたびに頭を悩ませていた業者にとっては一つの指針となるでしょう。

もっとも、ガイドライン案を読むにあたっては注意すべき点がいくつかありますので、以下、本記事で解説します。

総論

注意すべきは主に次の3点です。

  • あくまで宅建業法のガイドラインであり、民法上の損害賠償責任の話とは理論上別の話。
  • 本ガイドラインの対象は限定的
  • 売主となる場合には契約不適合責任に注意

 

宅建業法のガイドラインであること

まず、ガイドライン案はあくまで宅建業法のガイドラインであり、民法に関するものではない、という点に注意が必要です。

宅建業法のガイドラインということですので、これに反した場合は都道府県知事などによる指導や処分の対象となり得るわけです(宅建業法47条1号参照)。

一方で、告知・説明義務違反があった場合に売主や仲介業者は買主に対して損害賠償義務を負うことがありますが、これは民法の話。
宅建業法の話とは、理論上別の話です。

すなわち、ガイドライン案に反したら損害賠償義務が発生する、というわけではない一方で、ガイドライン案に従ったら損害賠償義務を免れる、というわけでもないのです。

※ただ、前者の点について、ガイドライン案では宅建業者の最低限の義務を定めていると考えらえるため、この程度の調査・説明を怠っている場合であれば民事上も損害賠償責任が認められる可能性は高いでしょう。

実際に、ガイドライン案にも「宅地建物取引業者が本ガイドラインに基づく対応を行った場合であっても、当該宅地建物取引業者が民事上の責任を回避できるものではないことに留意する必要がある」と記載されています。

もっとも、ガイドライン案は損害賠償に関する裁判例を参照して定められていますので、民法上の損害賠償の話と重なる部分は大きいといえます。

 

ガイドライン案の対象は限定的

ガイドライン案の対象となる「心理的瑕疵」は、かなり限定的であることにも、注意が必要です。

対象は住居用物件のみ

まず、売買や賃貸される物件のうち、ガイドライン案で告知等の対象とされているのは住居用の物件に限られ事業用物件は対象外です。

これは、事業用物件の場合は、一般に住居の場合に比べて心理的瑕疵の重要性が低い(そのため告知等の義務も緩やかに解されている)ことに加え、予定される用途の幅が広いため統一的なルールを定めづらいという理由によるものでしょう。
(例えば、結婚式場に使う場合と倉庫に使う場合とでは、心理的瑕疵の重要性は全く異なります。)

人の死に関するものに限られる

次に、告知等の対象となる心理的瑕疵は、人の死に関するものに限られます。
対象物件の過去の用途が、住居用不動産として嫌悪される場合(例えば、過去に葬儀場や性風俗店などに使われていたケース)は含まれません。

また、周辺に嫌悪施設がある場合もガイドライン案の対象外です(なお、一般的にはこれらは「環境瑕疵」と呼ばれ、心理的瑕疵とは別に分類されることが多い)。

物件内の事件等に限られる

さらに、事件等が起きた場所について、告知等の対象となるのは当該物件内(ただし共用部分は含む)で事件等が起きた場合に限られています。

裁判例では、同一マンション内の他の部屋とか隣の建物で事件が起きた場合などの例もありますが、これらは対象外。
また、ある建物内で事件が起きたがその後その建物を解体した場合も対象外です。

自然死や日常生活上の事故は対象外

最後に死亡の原因ですが、ガイドライン案で対象となっているのは「他殺、自死、事故死のほか原因が明らかでない死亡」の場合に限られています。

自然死(病気、老衰など)や、日常生活の中での不慮の死(転倒や誤嚥などの日常生活上の事故)は対象外です。
ただし、遺体の発見が遅れたため特殊清掃が行われた場合は、告知等の対象に含むとされています。

 

売主になる場合は注意

ガイドライン案では、物件に関する調査のほか、説明(仲介の場合)または告知(売主の場合)の基準が定められています。

もちろん、民法上このような調査義務、説明・告知義務があることが前提となっているわけで、怠れば損害賠償などの責任を負うことになります。
(ただし、前述のとおりガイドライン案の基準と民法における基準とは必ずしも一致しません。)

ただ、仲介の場合と売主の場合では、負う責任が異なる点には注意が必要です。

仲介業者は、調査義務違反(十分な調査をしなかったため心理的瑕疵を発見できなかった)または説明義務違反(心理的瑕疵について十分な説明をしなかった)がある場合には、買主に対して債務不履行または不法行為による損害賠償責任を負いますが、調査義務を果たした場合には、後に心理的瑕疵が発覚したとしても責任を負いません。

これに対して、売主は、後で心理的瑕疵が発覚した場合、仮に十分な調査をしていたとしても契約不適合責任(代金減額請求や解除など)を免れることはできないのです。
ガイドライン案の内容からは外れますが、この点には留意しておく必要があります。