NHKが映らないテレビなら受信料は不要? カットフィルター訴訟の争点

※(2021年2月24日追記)以下で紹介する東京地裁の判決は、東京高裁の控訴審で取り消されました。

NHKだけ映らないテレビであれば、持っていても受信料を払う義務はない――先日、東京地裁でそのような判決が言い渡されたそうです。

契約義務認めず、NHK敗訴 視聴不可テレビ設置―東京地裁:時事ドットコム(2020年06月26日)

NHK映らないテレビ、受信契約の義務なし 東京地裁:朝日新聞デジタル(2020年06月26日)

NHK契約義務認めず 視聴不可テレビ巡り東京地裁 :日本経済新聞(2020年06月26日)

各種報道等によれば、原告は、ある大学准教授が作成した、NHKの周波数のみをカットするフィルターを付けたテレビを所持していたそうです。

過去にもこのようなカットフィルターの問題で訴訟となった事例がありますが、全てNHKが勝訴しており、NHKが敗訴した事例は今回が初めてとのこと。

では、従来のカットフィルター訴訟(私が勝手に名づけました)と今回の訴訟とでは何が違うのでしょうか?

受信料の支払義務の根拠や、カットフィルターに関する過去の訴訟での争点、今回の訴訟の事案との違いについて見てみましょう。

受信料支払義務の法的根拠

まずは受信料の支払い義務についておさらい。

放送法64条1項では次のとおり定められており、「協会(※NHKのこと)の放送を受信することのできる受信設備」を設置した者は、原則として、NHKとの間で受信契約を締結しなければなりません(受信契約の締結義務があります)。

放送法第64条(受信契約及び受信料)
1 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

この受信契約により、受信料を支払う義務があるというわけです。

ただし、例外として、(NHKの放送を受信することのできる受信設備であっても)「放送の受信を目的としない受信設備」のみを設置した者は、契約締結義務がありません。

受信契約の締結義務

このように、テレビを設置した者が受信契約を締結する義務を負うかどうかは、次の2つの要件が争点となります。

  • 「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たるか
  • 「放送の受信を目的としない受信設備」に当たるか

※本件からは話がそれますが、ワンセグ携帯に関する訴訟などで「設置」という要件が争点になることもあります。

少し詳しく見てみます。

要件①:「協会の放送を受信することのできる受信設備」とは

要するに普通のテレビのことです。

普通のテレビは、NHKを含めさまざまなチャンネルの放送を受信することができますので、当然「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たります。
一方、例えばパソコン用のモニターなどは、それだけではテレビ放送を見ることができないので当たりません。

なお、普通のテレビでありさえすれば受信できる設備であることには変わりはないので、たとえテレビを全く見ていなかったとしても、原則として受信契約を締結する義務があります。

要件②:「放送の受信を目的としない受信設備」とは

ただし、「協会の放送を受信することのできる受信設備」であったとしても「放送の受信を目的としない受信設備」の場合には、例外として、受信契約を締結する義務はありません。

例として裁判例に挙げられるのは、電波監視用の受信設備、電器店の店頭に陳列された受信設備、公的機関の研究開発用の受信設備、受信評価を行うなどの電波監理用の受信設備、などのケース。
これらのように、テレビ放送を見るのが目的ではないことが客観的に明らかである場合には、「放送の受信を目的としない受信設備」に当たるとされています。

 

カットフィルター訴訟の争点

過去のカットフィルターに関する訴訟において、前記の2つの要件について争われています。

東京高裁2017年判決について

まず、東京高裁2017年(平成29年)2月2日判決(一審は東京地裁2016年(平成28年)7月20日判決)について。

※この件は、正確には解約の要件を満たすかどうかが争われた事件ですが、争点の内容は実質的に同じです。

自宅の壁の中に、NHK の周波数のみをカットするフィルターを設置したという事例で、「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たり、かつ「放送の受信を目的としない受信設備」には当たらないということで、契約義務が認められました。

判決は、「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たるかについて、以下のとおり述べています。

放送法64条所定の「被控訴人(※NHK)の放送を受信することができる受信設備」とは、設置者が被控訴人(※NHK)の放送を受信し視聴する意思があるか否かとはかかわりなく、その設備の基本的構造として被控訴人(※NHK)の放送を受信することができる設備を指すものと解するのが相当である。

(中略)

しかし、……本件フィルターは、控訴人(※テレビ設置者)の意思に基づいて設置されたものであり、本件フィルター設置後も本件受信機はテレビ放送受信機としての機能を維持しており、その難易はともかく、控訴人(※テレビ設置者)の意思により本件フィルターを取り除いて被控訴人(※NHK)の放送を受信できるようにすることが可能であることが認められる。そうすると、本件受信機は、本件フィルター設置後も、「被控訴人(※NHK)の放送を受信することができる受信設備」に当たると解されるから、本件フィルターを設置したことは、本件規約9条1項の放送受信契約の解約事由としての「放送受信契約者が受信機を廃止すること等によって、放送受信契約を要しないこととなったとき」には当たらないというべきである。

(注:当事者名は編集、証拠の標目は削除、適宜改行・下線を追加。以下同じ。)

 

「放送の受信を目的としない受信設備」に当たるかについては、以下のとおり述べています。

……「放送の受信を目的としない受信設備」とは、電波監視用の受信設備、電気店の店頭に陳列された受信設備、公的機関の研究開発用の受信設備、受信評価を行うなどの電波管理用の受信設備等、放送される番組の視聴を目的としないことが客観的に明らかな状況において設置された受信設備をいうものであるところ、前記公平な費用負担を求める受信料制度の趣旨に鑑みれば、設置者の意思により被控訴人(※NHK)の放送のみを受信することができない状態にされた本件受信機は、「放送の受信を目的としない受信設備」に当たるということはできない。

「放送の受信を目的」とするかどうかは客観的な状況に基づき判断するものであって、設置者の意思は重要視しない、ということのようです。

結論として、「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たり、かつ「放送の受信を目的としない受信設備」には当たらないということで、契約義務が認められました。

東京地裁2018年判決について

続いて東京地裁2018年(平成30年)7月12日判決について。

今度は壁の中ではなくテレビ(判決では「受信設備」)本体に、接着剤、金属板及びボルト等を使用してフィルターを取り付けたというケース。

「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たるかについて、以下のとおり述べています。
まず一般論として、

……放送法64条1項所定の「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」とは、現実に反訴原告(※NHK)の放送を受信して視聴しているか否かやその者の主観的な意思に基づく受信の有無にかかわらずおよそ反訴原告(※NHK)の放送を受信することができる受信設備を設置した者であればこれに該当するというべきであるし、仮に意図的に反訴原告(※NHK)の放送を遮断する機器を取り付けるなどしてその放送を受信する機能をことさらに制限したとしても、反訴原告(※NHK)の放送を受信することのできる環境にある者であることに変わりはなく、上記の遮断機器を任意に取り外し、上記環境を容易に回復することができる場合には、この理は一層明らかである。

同条項所定の「協会の放送を受信することのできる受信設備」に該当するか否かも同様に、反訴原告(※NHK)の放送を遮断する機器を取り付けるなどして反訴原告(※NHK)の放送を受信する機能がことさらに制限されたとしても、その基本的構造としてテレビ放送受信機としての機能を維持しており、難易はともかく、設置者の意思により当該機器を取り除いて反訴原告(※NHK)の放送を受信できるようにすることが可能である場合、同条項所定の「協会の放送を受信することのできる受信設備」に該当することは明らかというべきである。

としたうえで、本件については以下のとおり「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たるとしました。

これを本件についてみると、……反訴被告(※テレビ設置者)は、本件受信設備のアンテナ入力端子部分に、接着剤、金属板及びボルト等を使用して本件フィルターを取り付けており、本件フィルターが取り付けられた状態では反訴原告(※NHK)の放送を受信する機能が制限されるものの、本件フィルターは、金鋸、レンチ、ドライヤー等の市販の道具を使用することにより、上記アンテナ入力端子部分を含む本件受信設備を破損させることなく、10分程度で取り外すことができること、本件受信設備は、本件フィルターを取り外すことにより反訴原告(※NHK)の放送を受信できることが認められる。

かかる事情からすれば、本件受信設備は、反訴被告(※テレビ設置者)が自己の意思に基づいて本件フィルターを取り付けたことによって、その当時、反訴原告(※NHK)の放送を受信することが制限されていたとしても、反訴被告(※テレビ設置者)において、市販の道具を使用し、容易かつ短時間のうちにこれを取り外すことにより、反訴原告(※NHK)の放送を受信できる状態とすることが可能であったと認められるのであるから、本件受信設備は、本件フィルターの取り付け後も、その基本構造として、反訴原告(※NHK)の放送を受信することができる設備であるといえ、放送法64条1項「協会の放送を受信することのできる受信設備」に当たると解するのが相当である。

NHK側は実験して証明したのでしょうね。
「金鋸、レンチ、ドライヤー等の市販の道具を使用することにより……本件受信設備を破損させることなく、10分程度で取り外すことができる」ということなので、「その基本構造として、反訴原告(※NHK)の放送を受信することができる設備である」とされました。

 

「放送の受信を目的としない受信設備」に当たるかについては、以下のとおり述べ、これを否定しました。

……「放送の受信を目的としない受信設備」とは、電波監視用の受信設備、電器店の店頭に陳列された受信設備、公的機関の研究開発用の受信設備、受信評価を行うなどの電波監理用の受信設備等を指すものと解されるところ、前記のような反訴原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨等からすると、「放送の受信を目的としない受信設備」に当たるか否かは、設置者の主観ではなく、当該受信設備が放送を受信して視聴することを目的としないものであることが客観的、外形的に認められるか否かにより判断すべきである。

……本件受信設備は、反訴被告の肩書住所地に所在する事務所に設置され、本件フィルターが取り付けられていたものの、反訴原告の電波を受信することができるアンテナ等とケーブルにより接続されていたことが認められ、本件受信設備は、設置者の意思によって反訴原告の放送を受信することが制限されているが客観的、外形的には、本件フィルターが取り外されれば直ちに反訴原告の放送を受信して視聴することができたといえ、また、本件受信設備自体も客観的には電波を受信してその放送を視聴するために設置されていたものといえるのであるから、「放送の受信を目的としない受信設備」に該当するとはいえない。

前記の2017年高裁判決と同様、設置者の意思ではなく客観的、外形的な状況をもとに判断されています。

2つの判決のポイント

これらの判示からお分かりのとおり、決定的なのは、フィルターさえ外せば、そのテレビ(受信設備)にはNHKの放送を受信できる基本構造がある、といえるかどうかです。

つまり、「何とかしてフィルターを外せばNHKが映る」かどうかです。

 

今回の東京地裁判決について

では今回の判決はどのような内容だったのでしょうか。

まず、一般論として、

ここ(※放送法64条1項)にいう被告の放送を受信することができる受信設備とは,通常の空中線により被告の放送を視聴し得る程度に被告の放送の信号を受信できる構造を有する受信設備のことをいい,設置したとは,これを使用できる状態に置くことをいう。

としています。

そのうえで、NHK側の「ブースターを付ければNHKを受信できる」という反論については、まず前提として、

原告(※テレビ設置者)は,自宅に本件テレビを設置したが(前提事実(1)),本件テレビは,内部に本件フィルターが取り付ける本件加工がされているため,被告の放送の信号を極めて微弱にしか受信できず,その結果,被告の放送を視聴することができない(前提事実(2))。
よって,本件テレビは,被告の放送を受信することができる受信設備であるとは直ちにいうことはできない。

としたうえで、次のとおり述べています。

まず,本件方法①(※ブースターを付けるという方法)については,ブースターを使用しない限り,被告の放送を受信することができない。ブースターは,電波が弱い地域等で,テレビジョン放送を受信することが困難な場合に,電波を増幅するために使用することを主に想定して市販されているものであるが,そのような場合には,ブースターを設置して,被告の放送を受信することが現に可能になった時点で初めて,放送受信契約締結義務が発生するものと解される。また,ブースター及びそれに附帯する設備の購入費用として5000円以上が必要であるところ,これは,加工元テレビをインターネットオークションで購入した価格(※3,000円)を超えており,そのような出費をしなければ被告の放送を受信できないようなテレビジョン受信機は,社会通念上,被告の放送を受信できる設備とはいえない。そして,原告がブースターを所有しているとか,使用しているという立証は全くないから,放送受信契約締結義務が発生するとは認められない。

次に、NHK側の「フィルターを取り外せば受信できる状態に容易に復元できる」という反論(NHK側の実験結果では、9分弱で外すことができたとのこと)については、

本件方法②(※フィルターを取り外すという方法)については,実験用テレビ②を用いた実験しか行われていない。本件方法①について,実験用テレビ①を用いた実験と本件テレビを用いた実験とで結果に差異があったこと(認定事実(1),(2))からは,被告が実験用に作成したテレビが必ずしも本件テレビを完全に再現できているわけではないと認められるから,本件方法②について,本件テレビにおいても実験用テレビ②と同様に可能であることを直ちに認めることはできない。また,仮に,同様に可能であるとしても,本件テレビの設置者は原告であるところ,どのようにこの加工が行われたか知っており,かつ,専門的な知識を有していて初めてとることのできる方法であり,自ら本件加工を行ったわけではなく,専門的な知識も有しない原告にとっては,このような方法を思い付くことすら容易ではなく実行することはなおさら困難であるといわざるを得ない。

以上のように,本件テレビを被告の放送を受信することのできる状態に復元することは,少なくとも困難であるといえるのであるから,被告の主張は採用できない。

最後に、NHK側の「テレビの基本的構造としてNHKを受信することのできる受信設備としての機能を維持している」(チューナーやモニターといったテレビの基本部分はそのままである)という反論については、

被告は,本件テレビはその基本的構造として被告の放送を受信することのできる受信設備としての機能を維持していることから,本件テレビは被告の放送を受信することのできる受信設備に当たるとも主張する。

たしかに,本件加工は,TVケーブルの差込口とチューナーとの間に本件フィルターを介在させることによって,被告の放送を受信することができなくするものであって,チューナー部分に直接手を加えるものではない。したがって,テレビの基本的構造はモニター部分とチューナー部分であるとするならば,そうした基本的構造は,被告の放送を受信することのできる市販のテレビと全く同様に維持されている

しかし,前記……で説示したとおり,本件テレビは,チューナー部分に影響を与えることなく本件フィルターを取り外すことができるとは認められず,本件フィルターを取り外すことのないまま,被告の放送を受信することができるとも認められないのであるから,結局,本件テレビを用いて被告の放送を受信しようとする場面においては,モニター部分かチューナー部分が故障によって受信機能を喪失した場合と何ら変わるところがないというべきである。基本的構造がどうであれ,本件テレビを用いて被告の放送を受信することができると認めることはできない。よって,原告が被告の放送を受信することのできる受信設備を設置した者に当たるとは認められない。

として(上記以外の論点については割愛)、結局、放送法64条1項の「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」に当たらないため受信契約締結の義務なしとされたようです。

(※追記 なお、以下の記事で今回の加工の内容が説明されていました。)

――どんな加工をしたのだろうか。

掛谷:外からは触れぬよう、テレビの中に入れ込みました。そしてアクリル板とアルミ箔を重ねた板で、テレビのチューナーと「イラネッチケー」を覆う枠を作り、その中にエポキシ樹脂を流し込んで固めました。電波を遮蔽するために樹脂の間にはアルミ箔を重ね、その上からさらに樹脂で固めました。例え外そうとしても、テレビが壊れるように加工したわけです。

受信料裁判でNHK敗訴 秘密兵器「イラネッチケー」を開発した筑波大准教授に聞く(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

この判決はまだ確定しておらず、今後はNHKが控訴する可能性は十分に考えられます。
控訴審や上告審における判断にも注目です。

※(2021年2月24日追記)以上の東京地裁の判決は、東京高裁の控訴審で取り消されたようです。