逸失利益の定期金賠償(定期払)とは? 最高裁では何が認められたのか。
交通事故で後遺障害を負った場合、逸失利益(後遺障害により得られなくなった収入)に関する賠償金を、一括払いではなく毎月の定期払いにより受け取ることができる、との判決が7月9日に最高裁で言い渡されました。
交通事故で障害、賠償金は毎月の受け取り可能に 最高裁:朝日新聞デジタル(2020年7月9日)
逸失利益、定期払い容認 交通事故で最高裁初判断 :日本経済新聞(2020年7月9日)
なお、この点は交通事故事案に限らず人身損害一般の事例にも妥当すると考えられます。
定期払いについては既に地裁レベルでは認められていたものの、最高裁では初の判断ということで報道でも注目されました。
では「一括払いではなく定期払い」というのがどういう意味を持つのでしょうか。
交通事故の損害賠償請求の内訳とはどういうものか。逸失利益は何か、またどのように算定されているのか。一括払いと定期払いとではどのような違いがあるのか、について解説します。
目次
交通事故の損害賠償の内訳
賠償金の主要な費目
交通事故に限りませんが、人身損害が生じた場合の賠償金の内訳のうち、主なものは次のとおりです。
- 治療費
- 入通院慰謝料:入院・通院をしたことに対する慰謝料
- 休業損害:治療で休業し収入が減った分の損害
- 慰謝料(死亡/後遺障害):死亡または後遺障害を負ったことに対する慰謝料
- 将来介護費用(後遺障害):後遺障害の場合の将来の介護費用
- 逸失利益(死亡/後遺障害):死亡または後遺障害により将来得られるはずだった収入が減った分の損害
後半の3つは死亡した場合または後遺障害が残った場合の費目です。
このうち、将来介護費用と逸失利益は、現時点(損害賠償の請求時点)ではまだ損害が発生していませんが、将来発生する分について請求します。
逸失利益とは
逸失利益とは、死亡または後遺障害によって将来得られるはずだった収入が減少した分の損害をいいます。
例えば毎年1000万円の収入を得ていた人が、後遺障害によりその半分しか得られなくなった場合には、毎年500万円の損害が発生することになります(亡くなってしまった場合には収入はゼロとなりますので、損害は毎年1000万円です)。
裁判例では、この損害は就労可能年齢(通常は67歳とされます)に達するまで発生し続けるとされています。
したがって、上記の後遺障害の例では、「事故による後遺障害が確定(症状固定)した歳から、67歳になるまで毎年500万円の損害が発生し続ける」と考えます(なお、特段の事情がなければ、年収は一定で推移すると考えます)。
賠償金を定期払いで受け取るか、一括で受け取るか(定期金賠償/一時金賠償)
では、この「毎年発生し続ける損害」の賠償金をどのように支払うのでしょうか。
症状固定時の年齢が仮に47歳だとすると、逸失利益は毎年500万円の20年分ということになります。
ということで、損害賠償の方法としては、治療費や慰謝料などと異なり、毎年(毎月)払うという方法が考えられます(これを定期金賠償といいます)。
一方、将来の分を含めて一括で支払う方法(これを一時金賠償といいます)も考えられます。
そして、訴訟ではこの一時金賠償の方式で支払うのが一般的です。
では、どちらの方法がよいのでしょうか?
一括で払うか分割で払うのかの違いだけで、一見、どちらでも問題はないようにも思います。
しかし、実際には、一時金賠償の場合には定期金賠償の場合と比べて総額が安くなります。
それは、将来受け取るべき金銭を今受け取る場合には、その利息分が割り引かれるためです。
一時金賠償の場合の計算方法――割引現在価値とは
例えば、毎年500万円の損害が20年間発生し続ける、という場合の賠償金を一括で受け取る場合には単純に「毎年500万円×20年=1億円」とはしません。
ここで、「割引現在価値」という概念が登場します。将来の利息分を割り引いた現在の価値、という意味です。
今の100万円と1年後の100万円は同じか?
例えば、今もらえる100万円と1年後にもらえる100万円は同じ価値でしょうか?
会計的にはそのようには考えません。
例えば利率5%で資金を運用できると仮定した場合、今の時点での100万円は1年後には105万円(100×1.05)になります。
つまり、今の100万円と1年後の105万円は同じ価値だと考えます。
このことを、1年後にもらえる105万円の割引現在価値は100万円である、といいます(参照:割引現在価値 - Wikipedia)
逆に考えてみると、1年後に受け取れる100万円は、今の約95.2万円(100÷1.05)と同じ価値ということになります。
つまり、1年後に受け取れる100万円を今受け取るとすると、金額は約95.2万円になります。
同様に、2年後に受け取れる100万円を今受け取るとすると、100÷1.052=約90.7万円です。
裁判例における計算方法(ライプニッツ係数)
裁判例においても、逸失利益など将来の賠償金を一時金で今受け取る場合、その金額は割引現在価値で計算されます。
このような計算方法で、先ほどの「毎年500万円の損害が20年間発生し続ける場合の賠償金を、今一括で(一時金賠償で)受け取る場合」の総額を計算しますと、
(500÷1.05)+(500÷1.052)+(500÷1.053)+(500÷1.054)+…(500÷1.0520)=約6231万円
となります。
※実際の計算では「ライプニッツ係数」という数値を用いて簡単に行います。20年のライプニッツ係数は12.4622ですので、500×12.4622=6231.1という具合に計算します。
分割払い(定期金賠償)で毎年500万円ずつ受け取っていれば総額1億円ですので、比べると大きく減っているのが分かります。
5%(3%)で運用できるというフィクション
民法で法定利率が今まで5%とされてきた(法改正により2020年4月1日以降の事故では3%で計算します)ため、賠償金の一括払い(いわば前払い)を受ける場合には、前記のように利率5%で資金を運用できるという仮定のもと、5%分を割り引いて賠償金額が計算されています。
ただ、この「利率5%で資金を運用できるという仮定」自体に(現在は3%に減ったとはいえ)多くの批判があるのは確かですが。
ちなみに、冒頭の判決の事例では、18歳~67歳までの49年間で、失うことになるとされた年収額は5,296,800円ですので、一時金賠償だと約6514万円(※)となりますが、定期金賠償だと総額約2億6千万円となります。
(ただし、この事例では被害者の過失割合が2割とされましたので、賠償額は上記から2割減額されます)
※症状固定時10歳で計算しています。
2つの方法の違い・実務における取扱い
定期金賠償と一時金賠償には、上記のような金額の差のほか次のような特徴があります。
- 定期金賠償:損害が発生するたびに賠償するという形が現実に即している、また、算定の基礎となった事情が将来変化した場合には賠償額の変更を申し立てることができる。一方、当事者が判決に長期間拘束される、また、加害者の倒産によってその後の賠償が得られないリスクがある。
- 一時金賠償:1回の支払とともに紛争は終わる。一方、将来の損害を今一括払いするための技巧的なフィクションにより現実にそぐわない点が残る、また、将来事情が変わったとしても賠償額を変更することはできない。
実際の訴訟では、被害者側としては一時金賠償を求める例が多いといわれていますし、私の感覚としても同じです。
また、交渉で解決する場合や、訴訟になったとしても和解で解決する場合には、まず一時金賠償です。
やはり、紛争を早く終わらせたい、あるいは将来の不確実性というリスクを避けたいという思いから被害者側としても一時金賠償を希望することが多いのでしょう。
(もちろん、加害者側(保険会社)としては、支払う金額が安くなるため何としても一時金賠償を主張します。)
実務においても定期金賠償は例外的と考えられており、冒頭に述べたように地裁・高裁レベルでは定期金賠償が認められる例があるものの、ほとんどの案件では一時金賠償による判決がなされています。
こうした中で、今回の判決では次のように述べ、後遺障害の逸失利益が定期金賠償の対象となることを明確にしました。
交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となるものと解される。
なお、ここでいう「上記目的及び理念」とは、損害賠償制度の目的(損害の回復)および理念(損害の公平な分担)のことです。
途中で亡くなった場合はどうなる?
ところで、前項の説明で、定期金賠償では将来の状況の変化に応じて賠償額の変更を申し立てることができると書きました。
では、この「将来の状況の変化」の最たるものとして、被害者が後遺障害を負ったのちに(事故とは関係ない原因で)亡くなってしまった場合はどうなるのでしょうか?
死亡後には逸失利益はもはや発生し得ないので、定期金賠償の場合は亡くなった時点で支払いが終わるとも考えられます。
しかし、今回の最高裁判決では、死亡後にも逸失利益の賠償金を支払い続けなければならないとされました。
これは、一時金賠償の場合との均衡を考慮してのことです。
一時金賠償の場合
前述のとおり、後遺障害による逸失利益は、被害者が就労可能な期間(通常67歳まで)発生し続けます。
一時金賠償であればそれをまとめて一括で払うことになるわけですが、それでは、例えば訴訟の途中で亡くなってしまった場合にはどうか。
亡くなった以降には逸失利益は発生しないわけですから、死亡時までの分を払えばよいとも考えられます。
この点について、最高裁の判例では、原則として67歳までの分を支払わなければならない(例外的に、事故の時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がある場合には、死亡時までとすることができる)とされています。
※最高裁1996年(平成8年)4月25日判決は次のとおり述べており(同年5月31日判決も同旨)、現在の訴訟はこの判例に従っています。
「交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。」
これは、「67歳までの分を支払わなければならない」という損害賠償義務が事故の時点で確定的に発生する、という考えに基づいています。
損害賠償義務は事故の時点で発生してしまっている以上、その内容は後の事情で変わるものではない、ということです。
定期金賠償の場合
上記の、将来の分も含む損害賠償義務が事故の時点で確定的に発生する、という考え方は今回の最高裁の判決でも前提とされています。
そこで、一括払いだろうと定期払いだろうと既に67歳までの分の損害賠償義務が発生してしまっている以上、その後に死亡したとしても賠償義務は変わらないとされました。
なお、この話はあくまで事故とは無関係の事情が事後的に発生した場合の話であり、賠償額の算定の基礎とされた事情(後遺障害の程度や、賃金水準など)が変化した場合には、定期金賠償の場合には後でその変化を理由に賠償額の変更を申し立てることが可能です。
賠償額は、67歳まで今の後遺障害が治らず、かつ賃金水準が今のまま変わらない、という前提で計算されます。
そのため、途中で後遺障害が大幅に改善したり、インフレが起きるなどして賃金水準が大幅に上がったりした場合には、算定の基礎が大きく変わりますので賠償額も変更されるべきことになります。
判決の内容を後から変えるということはできないのですが、上記のように、定期金賠償の判決の場合には例外的に判決の変更を求める手段があります(民事訴訟法117条)。
※民事訴訟法117条(定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え)
1 口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。
2 前項の訴えは、第一審裁判所の管轄に専属する。
この点は一時金賠償の場合と異なります。一時金賠償の場合は、既になされた判決を後から変える手段はありません。