保証人の分別の利益とは? 奨学金過大請求問題について
昨日(11月1日)の報道では、奨学金の返還請求に際し、日本学生支援機構が保証人に過大な請求をしていたことが指摘されていました。
国の奨学金を借りた本人と連帯保証人の親が返せない場合に、保証人の親族らは未返還額の半分しか支払い義務がないのに、日本学生支援機構がその旨を伝えないまま、全額を請求していることがわかった。
奨学金、保証人の義務「半額」なのに…説明せず全額請求:朝日新聞デジタル(2018年11月1日)
日本学生支援機構の場合、奨学金を借りる際に親が連帯保証人、他の親族が保証人となるのが原則的なパターンのようです(私が借りた時もそうでした)。
このケースでは、保証人が法的に負う債務額は、本人が借りた額の1/2になります(後述)。
しかし機構は、保証人にそれを伝えずに全額を請求していたわけですね。
そして、保証人から「自分は1/2しか負担しないはずだ」と言われた場合は全額の請求をやめ、言われなかったらそのまま受け取る、という運用をしてたそうです。
上記の報道では、この取立方法を問題視する声が紹介されています。
このように、法的な支払義務がないのに請求するというのは法的に問題がないのでしょうか。
また、支払義務を超えて支払ってしまった場合は法的にどうなるのでしょうか。
分別(ぶんべつ)の利益
さて、前記のように、保証人が複数いる場合には、各保証人が負う責任の範囲は、本人が借りた額を保証人の数で割った金額になります(民法第456条・第427条)。なお、この人数計算には連帯保証人も含みます。
例えば、本人が300万円を借りた場合、保証人が3人いたとしたら、1人が負う責任は100万円です。
このように責任が分割されることを「分別(ぶんべつ)の利益」といいます。
この「分別の利益」は、保証人にはありますが連帯保証人にはありません。連帯保証人は、何人いても全額の支払義務を負います。
ここが、保証と連帯保証の一番大きな違いだと思います。
※ただし、実務では保証はあまりなく、ほとんどの場合は連帯保証ですので、「分別の利益」という単語を耳にすることはまずないでしょう。
ちなみに私がこの単語を見たのは司法試験以来です。
支払義務がないのに請求するのは問題ないか
先ほどの例で、本人が300万円を借りた場合、保証人が3人いたとしたら、各保証人が負う責任は100万円ずつです。
では、この場合に保証人に300万円を請求することは問題がないのでしょうか。
結論としては、日本学生支援機構が行う分には、「法的には」問題ないといえそうです。
原則
まず原則として、保証人に対し、負担する部分を超えて請求することそのものを禁じる規定はありません。
さらにいえば、全く支払義務を負っていない人に対して請求することも、そのこと自体は違法ではありません。
もちろん、法的な支払義務がない人に、義務があるかのように嘘をついて支払わせたり、拒否されたのにしつこく請求を繰り返したり、法的な義務がないのを分かってて訴訟を起こしたりすれば、別途不法行為として違法になることはあります。
しかし、あくまで「お願い」として支払いを求めること自体は問題ありません。
これが原則です。
貸金業者の場合
ただし、貸金業者の場合は貸金業法による規制が別途あります。
貸金業法第21条第1項第6号では「債務者等以外の者に対し、債務者等に代わつて債務を弁済することを要求すること」をしてはならない、と定められています。
したがって、貸金業者が債務者・保証人以外の、支払義務を負っていない人に対して支払いを求めることは違法です。
貸金業法第21条(取立て行為の規制)
第1項 貸金業を営む者……は、貸付けの契約に基づく債権の取立てをするに当たつて、人を威迫し、又は次に掲げる言動その他の人の私生活若しくは業務の平穏を害するような言動をしてはならない。
……
第6号 債務者等に対し、債務者等以外の者からの金銭の借入れその他これに類する方法により貸付けの契約に基づく債務の弁済資金を調達することを要求すること。
では保証人に対する過剰請求はどうでしょうか。
これについては直接定めた規定はありません。
しかし、直接定めていないのは、法的義務の範囲を超えた請求をすることは通常考えられないからで、第三者への請求を禁止する上記第6号が定められていることを考えれば、保証人に対する過剰請求は「その他の人の私生活若しくは業務の平穏を害するような言動」に当たるとも考えられます。
※もちろん、実際には貸金業者が(連帯保証人ではなく)保証人をつけさせることはまずないので、貸金業者の場合にはこの問題が生じることはないでしょう。
日本学生支援機構の場合
貸金業者には上記のような規制が及びますが、日本学生支援機構の場合はどうでしょうか。
実は、日本学生支援機構には貸金業法の規制は及ばないのです。
貸金業法第2条第1項第2号では、貸金を行う事業であっても、他の法律により別の規制を受ける業者が行う場合には、貸金業法上の「貸金業」には当たらないとされています。
典型的には銀行です。銀行は貸金業務を行っていますが、「銀行法」による別の規制を受けていますので、貸金業法の規制は受けません。
貸金業法第2条(定義)
第1項 この法律において「貸金業」とは、金銭の貸付け……で業として行うものをいう。ただし、次に掲げるものを除く。
……
第2号 貸付けを業として行うにつき他の法律に特別の規定のある者が行うもの
日本学生支援機構も銀行と同様です。
「独立行政法人日本学生支援機構法」という法律(そもそもこの法律により設立された特別な団体です)による規制を受けるため、貸金業法の規制は受けません。
ただし、この「独立行政法人日本学生支援機構法」には特に取立て方法に関する規制はありません。
したがって、前記の原則どおり、法的な支払義務を超えた請求することは、それだけでは違法とはならないのです。
過剰請求であっても支払いは取り消せない
それでは、保証人が請求に応じて全額支払ってしまった場合はどうでしょうか。
法的な支払義務がないのに支払ったわけですから、その支払いは無効であり、払った相手(債権者)から取り戻せそうな気もします。
しかし、法律上はそうはなりません。
この場合でも、保証人が支払義務の範囲内で支払ったのと同様に扱われ、有効なものとされます。そのため、債権者(日本学生支援機構)に対して返還請求することはできません。
民法にも、保証人が法的な支払義務を超えて支払った、という場合の規定がわざわざ定められています(民法第465条第2項、第462条)。
この場合保証人は、
・主債務者(借りた本人)に対しては支払った金額の全額を
・他の(連帯)保証人には、自分の支払義務を超えた部分の金額だけを
それぞれ請求できます。
とはいっても、実際には保証人に請求が来ている時点で、借りた本人はもちろん他の(連帯)保証人にも支払能力はないことが多いでしょう。
結論
このように、請求を受けた保証人の立場から見ると、自分の支払義務の範囲を超えた請求を受けた場合、支払いを拒否することは可能である一方、支払ってしまえば取り戻せません。
報道もされていましたが、これは法律を知っているかどうかで結論が大きく変わる事例です。
もちろん、このような請求方法は、前述のとおり通常の貸金業者が行えば違法となる(と私は考えます)わけで、それを奨学金を扱う公的団体が行うのはどうなのか、という問題は残ります。
しかし、あくまで適法な行為ではあります。だからこそ、日本学生支援機構もこのような請求を行っていたのです。
公的団体の請求であっても、鵜呑みにするのは危険だという事例ですね。