地面師案件に関与した司法書士・弁護士の責任は? 最近の裁判例より②

前回の記事でも紹介したように、司法書士等が、売主に成りすました地面師を偽物と見抜けずに本人確認情報を提供してしまうと、損害賠償責任を負うことがあります。
この種のトラブルは絶えません。

今回紹介するのは東京高裁2017年(平成29年)6月28日判決(判時2389号101頁)。
前回に引き続き、偽物の売主の本人確認情報を提供してしまった事案ですが、今回は司法書士ではなく弁護士です。

一審(東京地裁)では弁護士の過失を認めましたが、二審(東京高裁)では過失が否定されました。

 

事案の概要

概要は前回紹介した裁判例と同様で、売主が識別情報を紛失していたため、弁護士が売主の本人確認を行ったうえで本人確認情報提供制度(※)により所有権移転登記を行ったが、後に、売主が偽物(地面師によるなりすまし)であったことが発覚した、という事例です。

※売主が識別情報を紛失している場合でも、司法書士等の資格者が売主の本人確認を行いその結果(本人確認情報)を法務局に提出することで、識別情報の提供に代えることができるという制度。詳しくはこちらの記事を参照(不動産取引を舞台にする「地面師」とは 詐欺の手口や背景、対策について

取引の概要

地面師Aが、ある土地建物の真の所有者Bに成りすまし、ブローカーを介してこの土地建物をX(原告)に売却することとしました。
売買代金額は2億5000万円(プラス諸費用5000万円)、現金決済という条件でした。

その際、A(自称B)が識別情報を紛失した(ということにしていた)ため、本人確認情報提供制度により、所有権移転登記を行うこととしました。
この本人確認情報の提供を行ったのがY弁護士(被告)です。

Y弁護士は、ブローカーであるC(かつての依頼者でもあった)から紹介を受け、Aと面談のうえ本人確認を行い、(今までやったことはなかったそうですが)本人確認情報の提供を行い、取引に立ち会いました(なお、この件の報酬は31万5000円だったようです)。
他方、買主(原告)X側も司法書士に依頼し、登記申請は共同代理で行われたようです。

決済手続は、変則的ながら、調印はYの事務所のビルの会議室で、代金の支払い(受渡し)はXの取引銀行で行うこととなりました。
関係者がYの事務所のビルの会議室にて一堂に会し、調印は無事終了しました。
その後、X側司法書士が提出した登記申請書類が受理されたことを確認し、Xの取引銀行にて、Xが代金の一部である2億4000万円をAに渡しました。

こうして(Xにとっては)無事に取引を終えたと思っていたところ、問題が発覚します。
約1か月後、真の所有者Bがこの土地建物を売却しようとしたところ、既に上記の所有権移転登記がなされていることが発覚し、Bは直ちにXに対して法的手続(仮処分、訴訟)をとりました。
(なお、そちらの訴訟において、A(自称B)が提出していた身分証明書のほか印鑑登録証明書も偽造されたものであることが明らかになったため、XからBに登記を戻す旨の和解が成立しました。)

本人確認に関する事情

弁護士YによるA(自称B)の本人確認に関しては、次の事情がありました。

取引の約2週間前、ブローカーCがAとともにYの事務所を訪れた際に、YはAに対して身分証の提示を求めたところ、Aは住民基本台帳カード(以下「本件住基カード」といいます)を提示した。

Yが本件住基カードを手に取って確認したところ、見た限り違和感はなく、写真が付け替えられたりした様子もなく、QRコード、ICチップ、共通ロゴマークにも不自然な点はない様子で、Yは、改ざんされた形跡はないと認識した。
また、その際、YがAに氏名・住所・生年月日を尋ねると、Aは、本件住基カードに記載のとおり回答した。

ただし、本件住基カードは偽造されたものであった。
Aが生まれた年は昭和10年でありカード上にもそのように記載されているが、カード上のQRコードをスマホなどで読み取ると「昭和17年」と表示されるようになっていた(つまり、QRコードを読み取ってみれば偽造だとの疑いを持つことが可能であった)。
なお、当時の住基カードはQRコードがあるものとないものが併存していた。

また、B(真の所有者)は、本件土地建物を夫から相続しており、取引の約2か月半前には他の相続人と遺産分割協議を行い、その後に相続による所有権移転登記を行っていた。
識別情報を紛失したことについては、夫の遺品整理中に誤って紛失してしまった、と回答していた(つまり、A(自称B)の説明では、所有権移転登記後2か月あまりで識別情報を紛失したことになる)。

さらに、Aが弁護士の立会を希望した点については、Aは、「遺産分割協議により自らが本件土地建物を単独で所有することになったが、不動産の売買は初めてであり、不安があるため、弁護士に契約締結に立ち会ってほしいと思った」という旨を説明していた。

 

裁判所の判断

以上の事情を前提に、以下のとおり判断されました。

本人確認の方法について

判決では、本人確認情報の提供に際しての一般的な本人確認の方法について、次のとおり述べています。

不動産登記規則72条1項3号は、本人確認情報について、資格者代理人が申請人と面識がないときは、申請の権限を有する登記名義人であることを確認するために当該申請人から提示を受けた次項各号に掲げる書類の内容を明らかにするものでなければならない旨を定め、同条2項1号は、運転免許証、住基カード、旅券等、在留カード、特別永住者証明書又は運転経歴証明書のうちいずれか一以上の提示を求める方法により行うものであることが定められている。

 ところで、同条項において、住基カードのQRコードを読み取り、その確認をすべきことを求める定めはなく、また、前記1(3)において認定するとおり、平成26年2月26日当時、QRコードの施された住基カードとそうでないものが併存していたことに照らすと、同日当時において、前記確認に際して、QRコードを読み取るべき一般的義務があるとは認められない。

(判決より。以下同じ。)

本件では、前述のとおり、Yが本件住基カードのQRコードをスマホ等で読み取って確認していれば、カードが偽造品だと気づくことができたという事情があり、Xもそのように主張していました。

しかし、判決では、一般的にはQRコードの読み取りまで行う義務はないと判断されました。

 

続けて、次のとおり述べています。

  Yは、ブローカーCを通して本件売買契約への立会いを求められ、これを承諾したものであって、依頼内容は必ずしも明らかではない。その上で、Yは、A(自称B)と面談し、本件住基カードの提示を求める方法によって本人確認し、これに基づいて本人確認情報を提供したものであり、Yは、本件住基カードを手にとって見た限り違和感はなく、写真が付け替えられたりした様子もなく、QRコード、ICチップ、共通ロゴマークにも不自然な点はなく、改ざんされた形跡はないと認識していた上、YがA(自称B)に生年月日等を尋ねた際にも、正確な回答がなされ、特段不自然な点はなかった……。このような事実を踏まえると本件住基カードの外観や形状において改ざんを疑わせる事情があると認めることはできない。

 そうすると、Yにおいて知り得た事情に照らし、A(自称B)が申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情があるときは格別、そうでない場合にまで、不動産登記規則72条2項1号による方法以外の本人確認をすべき義務を負うことはないというべきである。

(当事者名は筆者修正。以下同じ。)

本件でも、成りすましを疑うべき事情があった場合にはともかく、そうでない場合にまで(QRコードの読取など)法令で定めた方法以外の本人確認を行う義務まではない、としました。

成りすましを疑うべき事情はあったか

では、本件では成りすましを疑うべき事情があったかどうかについては、Xの主張に対しそれぞれ以下のように判断し、結果的に成りすましを疑うべき事情はなかったとしました。

・Aが弁護士の立会を求めたことは不自然であり疑うべきではないか

Yは、A(自称B)に対し、弁護士関与の必要性を尋ねたところ、同人は、本件不動産が夫の遺産であり、不動産の売買が初めてで不安であること等を述べたものであり、その内容に特段不自然な点があるとはいい難い。

・わずか2か月あまりで識別情報を失くしたというのは不自然であり疑うべきでないか

  また、A(自称B)が登記識別情報を紛失したと説明する時期が、所有権移転登記を受けた僅か2か月余り後であるとの点は、確かに所有権移転登記を受けた後短期間で登記識別情報を紛失することが頻繁に起きることとはいい難いものの、およそあり得ない事態とまでいうことはできないものであり、Yがそのような説明を受けたことをもって、直ちに成りすましを疑うべき事情があったとまでいうことはできない。

・Aが持っていた遺産分割協議書の誤記から疑うべきではないか

本件遺産分割協議書の相続開始日の誤りや明白に誤記と考えられる「平成44年」という誤った記載があったとしても、そのことから直ちに、A(自称B)の成りすましを疑うべき事情があったということはできない。

・2億5000万円の取引なのに現金払いという点は不自然であり疑うべきではないか

Yは、契約締結の場に至るまで現金一括払であることを知らされていなかったのであるから、本件売買契約の代金支払方法が現金一括払であることから、Yが本件売買契約の不自然さに気が付くべきであったということはできない。

このほか、Aが実際の年齢よりも若く見えたことなどが主張されましたが、この点についても、それを疑わなかったことが不自然とはいえないとされました。

・小括:成りすましを疑うべき事情はなかった

そして、以上により、本件では成りすましを疑うべき事情はなかったとされました。

以上によれば……本件の事実関係を踏まえても、Yにおいて、成りすましの疑いをもってBの自宅を訪れ、B本人ないし近親者に面談する等の方法で本人調査をすべき義務があったと認めることはできない。

結論

よって、本件ではYの過失(注意義務違反)はなかったとされました。

以上によれば、Yにおいて,本件本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められるのであり、それ以上に、Bの自宅を訪れ、あるいは、QRコードを読み取るなど、本件住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められない。

 

評価

この判決は、前回紹介した東京高裁2017年(平成29年)12月13日判決と異なり何らかの判断枠組みを提示したものではないため、あくまで事例判断に過ぎず、先例的な価値はあまりなさそうです。

ただ、一審では過失が肯定され、二審では過失が否定されたように判断が分かれた(もちろん、一審と二審では前提となった事実関係が少し異なるのですが)事例であることから、本件は、弁護士・司法書士の責任を認めるかどうかの境界線上に近いケースなのかな、とは感じています。

余談ですが、本人確認情報の提供というのは登記申請に伴うもので本来司法書士の仕事であり、弁護士も資格上はできることにはなっていますが、普通はやりません。
やはり専門分野のことは専門家にお願いすべきであって、いくら弁護士の業務範囲に含まれるといっても、安易に慣れないことはすべきではないですね。