ネット上での名誉棄損 発信者情報開示にかかった弁護士費用も請求できます。

インターネット上で、根拠なき中傷やなりすまし行為などによる名誉毀損の事例が後を絶ちません。

もっとも現在では、このような行為を行えば、裁判手続により行為者の身元は特定され、損害賠償請求を受けるものだというのは一般的にも常識になりつつあります。
(もちろん民事のみならず、刑事上も名誉毀損罪として訴追されることもあります。)

では、このような名誉毀損行為をされた場合には、損害賠償としてどこまでの費用が請求できるのでしょうか。
実はこの類型の訴訟では、慰謝料のみならず、加害者の特定や投稿の削除請求にかかった弁護士費用も請求できるのです。

最近の裁判例にも触れつつ、説明します。

 

慰謝料の金額は低い

一般的にいわれているように、プライバシー侵害や名誉毀損の場合に認められる慰謝料の額はそんなに高くはありません。

被害者が一般人であれば、多くの場合、数十万円くらいにとどまるのが現状です。

大阪地裁2017年(平成29年)8月30日判決:60万円

ここで昨年の裁判例を見てみましょう。
大阪地裁2017年(平成29年)8月30日判決です。

新聞では以下のように報道されました。

インターネット上の掲示板に、自分になりすまして投稿され肖像権などを侵害されたとして、長野県在住の男性が大阪府枚方市の男性に723万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が30日、大阪地裁(北川清裁判長)であった。判決は「社会的評価を低下させ、名誉権を侵害した」として被告側に130万円の支払いを命じた。

判決などによると、2015年5月、被告は男性がSNS「GREE(グリー)」で使用していたプロフィル画像の顔写真や登録名を無断で使って男性になりすまし、GREEの掲示板に「お前の性格の醜さは、みなが知った事だろう」などと別の利用者を罵倒する内容の書き込みをした。

SNSでなりすまし、他人を罵倒 名誉権侵害で賠償命令:朝日新聞デジタル(2017年8月30日)

判決文によれば、実際にはかなりひどい書込みをしています。

さて、判決文によれば、この訴訟での原告(被害者)の請求額は723万6000円であるのに対し、認められたのは130万6000円となっています。
そのうち慰謝料としては、600万円の請求に対し認められたのは60万円です(残りの金額については後述)。

この訴訟では名誉権侵害(社会的評価を低下させる点)および肖像権侵害(プロフィール写真を勝手に使用した点)が認められており、上記の60万円はこれらに対する慰謝料となります。

東京地裁2016年(平成28年)2月9日判決:3人に対しそれぞれ20万円、10万円、3万5000円

また、一昨年(2016年)の例では、不動産投資業を営む被害者に対し、3名の加害者が、2ちゃんねるにおいて被害者を中傷する書込み(こちらもひどい表現を使っています)を行ったというものです。

この事件について、東京地裁2016年(平成28年)2月9日判決では、3名の加害者についてそれぞれ、
・500万円の請求に対して20万円
・600万円の請求に対して10万円
・500万円の請求に対して3万5000円(3割の過失相殺後の金額)
と判断されました。

いずれも名誉権侵害(一部は名誉感情の侵害)を認めています。

やはり慰謝料の額は低い

芸能人やプロスポーツ選手など著名人であればともかく、このように一般人に対するネット上での名誉毀損の事例であれば、おおむね数十万円が相場です。

 

弁護士費用も請求できる

一般に、(ネット上かどうかにかかわらず)名誉毀損による損害賠償請求の訴訟においては、弁護士費用も請求することは可能です。
もっとも、判決で認められる弁護士費用は慰謝料額の10%程度であり、実際に弁護士に支払った費用の全てが認められるわけではありません。

しかし、ネット上での名誉毀損の事例で、加害者を特定するための手続が必要であった場合には、その手続きにかかった弁護士費用全額(もちろん限度はあるでしょうが)の賠償請求まで認められています。

具体的には、プロバイダに対する発信者情報開示請求手続や、サイトの管理者等に対する削除請求手続に必要となる費用です。
これらの費用は、損害賠償請求の前提として必要な手続であるとして認められているのです。
(弁護士の感覚としては、訴訟の前段階の手続にかかる弁護士費用の賠償が認められるというのは例外的です。普通は認められません。)

前述した2つの裁判例でも、これらの費用が認められています。

大阪地裁(2017年)の裁判例

大阪地裁の例では、前述した慰謝料60万円のほかに、発信者情報開示請求に要した弁護士費用として合計58万6000円(2件分)の請求が認められました。

なお、そのほかに、この訴訟自体の弁護士費用としては12万円が認められています(全部併せて130万6000円)。

東京地裁(2016年)の裁判例

東京地裁の例では、3名の加害者についてそれぞれ、
・発信者情報開示請求:31万5000円、削除請求:38万8500円
・発信者情報開示請求:31万5000円、削除請求:7万4000円
・発信者情報開示請求:36万7500円、削除請求:3万8850円(3割の過失相殺後の金額)
と判断されました。

この訴訟自体の弁護士費用としては、それぞれ5万円ずつが認められています。

 

損害賠償請求の敷居は下がった

以上の例のように、ネット上での名誉毀損事例では、慰謝料額は高くなくとも加害者の特定(発信者情報開示請求)にかかった弁護士費用が認められるというのが特徴です。
この弁護士費用の方が慰謝料よりも高額になることもあります。

上記の裁判例のように、発信者情報開示請求にはだいたい20~30万円くらいの弁護士費用がかかります。
このほかに、慰謝料についての訴訟にも、最低でも20万円以上の弁護士費用がかかります。
そのため、仮に訴訟を起こしても認められる慰謝料の額が低いのであれば、費用倒れとなってしまい、訴訟に踏み切れないと考える方も多いのではないでしょうか。

しかし今では、発信者情報開示請求にかかる費用は全額認められます。
そのため、名誉毀損による損害賠償請求訴訟を起こすことの敷居は下がっているといえます。

というわけで、お困りの方はぜひご依頼ください、という宣伝をするわけではありませんが(笑)、訴訟に踏み切る例は今後ますます増えていくと思いますので、書き込む側の方も注意が必要です。
弁護士にとってみれば、加害者は割と簡単に特定できますので、不用意に他人を中傷する書込みなどをしないよう、くれぐれも慎重になって下さい。