GPS捜査の何が問題なのか その2
前回は、GPS捜査が強制処分にあたる場合には、令状なくして行われた捜査が違法になるということを説明しました。
では、ある行為が違法とされた場合に実際の裁判にはどのように影響があるのでしょうか。
違法収集証拠
裁判においては、違法な手段によって入手した証拠(違法収集証拠)は使用してはならないという原則があります。憲法の「適正手続の保障」「令状主義」というルールから導かれる原則で、刑事裁判ではこの原則が特に厳格に運用されています。
例えば、捜査機関がある人物を犯人だと疑っているが、証拠が得られず捜査が進展しない状況でまだ捜索令状を取れる状況ではないのに、令状なく捜査員が自宅に侵入して証拠品を押さえたとします。
このような令状主義に違反する重大な違法捜査がなされた場合には、たとえそれが決定的な証拠であり、その証拠によりその人物が犯人であることが立証できるものであったとしても、裁判でその証拠を使うことが許されません。
この原則のことを「違法収集証拠排除法則」といいます。裁判で検察官が提出しようとした証拠が違法収集証拠だと認定されれば、裁判所はその証拠申請を却下(排除)しなければなりません。
ただし、判例では単なる「違法」ではなく「重大な違法」といっていることに注意です。行われた捜査が単に違法だとされても、ただちに証拠が排除されるわけではありません。
重大な違法でないと判断されれば、「違法ではあるが重大な違法とまではいえない」として証拠は排除されないことになります。現実には、令状主義を全く無視したようなケースでない限りなかなか排除はされません。
今回の事件の一審判決(2015年7月)では、検察官が提出した証拠の一部が違法な証拠として排除されましたが、二審判決(2016年3月)ではその他の証拠について「違法と解する余地がないわ
けではないとしても、少なくとも、本件GPS捜査に重大な違法があるとは解されず…」と判断されました。
重大かどうかの判断については、権利侵害の程度のほか、捜査機関がどのような意図を持っていたのかや、正規の手続きを踏んで令状を得ることができたのかどうかなどが考慮されますが、重要なのはやはり権利侵害の程度です。今回ではプライバシー侵害の程度が問題となります。
前回述べたように、自動車で行動を走る場合にはある程度のプライバシーを放棄しているともいえますので、自動車の一時的な位置情報を入手するのであればプライバシー侵害の度合いは少ないといえるかもしれません。
しかし、いくらプライバシーを放棄しているといっても、通常は、長期間にわたって24時間の位置情報を把握されるところまでは想定していないので、そこまでやってしまうとプライバシー侵害の度合いは高くなります。
この点がどのように判断されるか、興味を持っています(判決は既に出たようですが、内容については全文を読んでからまた触れたいと思います)。
犯人の処罰は?
ところで、先ほど例を挙げたように(重大な)違法捜査によって得た証拠は、どんなに決定的な証拠であっても裁判では使えません。
そのため、ほかに有力な証拠が無ければその人物は(本当は犯人であるとしても)無罪となります。
真実は犯人なのに、捜査機関の行為が違法だったために無罪となる――この結論に違和感を覚える方も多いのではないでしょうか。
「あくまで裁判は真実を明らかにする場であって、その人物が犯人だという真実を証明する証拠がある以上、それが使えないから無実というのはおかしい。違法行為をした捜査官の処分・処罰などは別に行う必要があっても、裁判では真実を優先すべきではないか」という考えもあるかもしれません。
しかし、刑事裁判における憲法・刑事訴訟法の考え方はそうではありません。
「真実を明らかにすること」と「適正手続を保障すること」が対立した場合、後者の方が重視されるのです。
そうでなければ、「真実を明らかにする」という大義のもとに何でもありの状況になってしまいます。この大義自体は誰にも否定できないものですので暴走すれば歯止めが効きません。
テレビドラマのように、真相解明のためにはルール違反も仕方ないと言っていて、それで常に必ず真犯人だけを逮捕・起訴できるのであれば問題はないかもしれませんが、現実にはミスは起こります。
少しでも怪しい人間を片っ端から拘束して拷問で締め上げることが許されば真相解明には役立つのでしょうが、無関係なのに巻き込まれた人はたまったもんじゃありません。
このような事態を防止するために適正手続の保障が優先されています。
そしてその一環として、(重大な)違法捜査によって得た証拠は使えないという原則があるのです。違法捜査をしてもその証拠が使えないのなら、あえて違法捜査をしてまで証拠を集めるインセンティブがなくなります。
結果として、違法捜査が抑制されることになります。
終わりに
もともとこの記事を書くきっかけは「犯人が犯行を認めてるのに、弁護士は何でGPS捜査が違法だとか主張してるの? やっぱ何が何でも無罪判決をとりたいもんなの?」という質問がきっかけでした。
考えは個々の弁護士にそれぞれあるでしょうが、依頼者が犯行を認めていたとしても、依頼者の要望が「自分がやったことは確かに悪いと思うが、違法捜査が行われたことを前提とした判決を望む」ということであれば、やはりこの主張をすることになるでしょう(なお控訴審では、違法捜査が行われたことを理由として控訴権濫用と量刑不当の主張もされたようです)。
弁護人は、もちろん被告人の防御のために適正手続の違反を主張するわけですが、ひいてはこのことが違法捜査を抑制することや新たな法制度の創設に結びついています。
GPS捜査の問題も、様々な事件で何人もの弁護人が声を上げてきたことによって世間の話題を集め、今回ようやく最高裁で判断が下されることになりました。
判決では「立法で対処することが望ましい」という旨が述べられたとのことですので、近いうちに法律の新設・改正がなされることでしょう。
またそれまでの間、警察・検察内部では判決内容に沿うように運用ルールを新設・改正することになると思います。
いずれにせよ、まずは判決文を精査してみようと思います(全文が公表されたようです(PDF))。
またコメントするかもしれません。