擁壁のひび割れにつき、瑕疵担保責任および説明義務違反が否定された事例
今回は、売買された土地の擁壁にひびがあったことから、売主の瑕疵担保責任及び仲介業者の説明義務違反が追及された事例を紹介します(東京地裁2017年(平成29年)9月12日判決)。
地盤や擁壁の瑕疵については厳しい裁判例も多い中、今回のケースは、重説(重要事項説明書)の記載に救われた、という印象です。
事案の概要
事実関係
当時者は次のとおり。
- 原告X1・X2:買主
- 被告Y1・Y2:売主
- 被告Y3:売主(Y)側仲介
- 被告Y4:買主(X)側仲介
原告らが被告Y1・Y2から下記の図のような土地を購入したところ、購入後に南東側擁壁にひびが入っていることが発覚した。
ひびAの幅は約5mm、ひびBの幅は最大約40mm。
なお、判決では「上記擁壁部分が崩壊しても、本件敷地上の建物には被害は及ばないが、隣家に被害を及ぼす危険性が高く、補強対策を要するとされる」とされている。
売買契約書・重要事項説明書には次のような記載があった。
- 売主は、買主に対し、土地の隠れたる瑕疵および次の建物の隠れたる瑕疵についてのみ責任を負います。(以下略)
- 本物件に将来、建築物を建築する場合、建設を依頼するメーカー等から地盤、地耐力調査を要請されることがありその結果によっては地盤補強工事等が必要になる場合があります。地盤補強工事については、建築する建物の構造・規模・重量及び建設会社により異なります。地盤補強工事等を行う場合は買主の負担と責任において行うものとします。
- 本物件建物、建物付属設備及び敷地内の樹木・庭石・物置等については現況有姿にて引き渡すものとし、本契約書第13条(瑕疵の責任)の定めに拘わらず、売主は本物件建物の瑕疵担保責任は負わないものとします。(以下略)
- 買主は、本物件敷地内と隣接地・道路面との間に高低差がある為、建物を再建築する際には関係行政庁より、本物件に対し、擁壁工事・建物基礎工事・建物の配置等につき指導を受ける場合がある事及び、本物件南側の擁壁は検査済証が発行されていないことを了承の上、本物件を買い受けるものとします。
なお、原告らは、その後本件土地を転売した。
請求の内容
原告らは、擁壁の各ひびは土地の瑕疵であるとして、
- 被告Y1~Y4全員(売主及び仲介業者)に対し、瑕疵についての説明義務違反を理由とする不法行為に基づき損害賠償として、転売の差額など約863万円を、
- 仮に上記1が認められない場合には、売主であるY1・Y2に対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償として上記の額を、
それぞれ請求した。
※なお、本件では擁壁の瑕疵のほか、地盤上に敷かれたスラブの瑕疵についても請求がなされましたが、今回はそちらは割愛します。
判断
判決では、以下のとおり述べて、結論として原告らの請求をいずれも認めませんでした。
責任免除合意について
まず、前記の契約書の記載内容からすれば、本件では、次のとおり責任免除合意があったと認定しました。
本件売買契約においては、売主は、本件敷地の隠れた瑕疵についてのみ責任を負うこととされ(前記前提事実(4)ア、ウ)、本件敷地上に建物を建築する際には、地盤ないし地耐力調査の結果により地盤補強工事等が必要になる場合があるとの前提の下、地盤補強工事は買主の負担と責任において行うものとされ(前記前提事実(4)イ)、さらに、買主は、関係行政庁から擁壁工事・建物基礎工事・建物の配置等につき指導を受ける場合があることや、本件南側擁壁について検査済証が発行されていないこと(すなわち同擁壁が建築基準関係規定に適合しているとは認められていないこと。建築基準法7条5項参照)を了承した上で買い受けるものとされている(前記前提事実(4)エ)。
これらによれば、本件売買契約の当事者間においては、売買の目的物である本件敷地の品質・性能に関して、建築する建物との関係で強度・地耐力が不足する瑕疵のほか、本件敷地に係る土壌の崩壊を防ぐための本件南側擁壁につき強度ないし安全性の不足あるいは法令不適合の瑕疵が存し得ることをあらかじめ想定し、かつ、それらの存し得べき瑕疵については、すべからく買主の負担と責任において対処することとして、売主の担保責任を免除することが合意されたものと認められる(以下「本件責任免除合意」という。)。(注:当事者名は編集、証拠の標目は削除、適宜改行・下線を追加。以下同じ。)
要するに本件では、「擁壁について何からの瑕疵(欠陥)がある可能性が想定されるが、それについては買主側の負担とする」という合意があった、とされました。
瑕疵担保責任は、特約によって免除することが可能であり(後述)、本件でもそのような責任免除の合意があったとされたわけです。
ひびが瑕疵にあたるか
そのうえで、判決では、まず売主Y1・Y2の瑕疵担保責任について以下のとおり述べました。
ひびA・ひびBともに、「本件南東側擁壁の……崩壊の原因となり得ることを認めるに足りる証拠はなく」「それ自体として修補を要する独立の瑕疵というよりも、本件南東側擁壁……の強度ないし安全性の瑕疵に包含され又はその一部を構成する事象であると見るべきものである」としたうえで、「本件責任免除合意の対象とされるところの、本件南側擁壁の強度ないし安全性の不足の瑕疵に該当するものと認められる」と判断しました。
つまり、前記の責任免除の範囲に含まれる瑕疵である、ということです。
(さらに、ひびBについては「合理的に可能な範囲の調査により比較的容易に発見することができる瑕疵である」として、「隠れた瑕疵」にも当たらないとしました。)
結論として、ひびA・ひびBともに瑕疵担保責任を否定しました。
説明義務違反について
次に、売主・仲介業者(Y1~Y4)の説明義務違反について以下のとおり述べ、前記の契約書・重要事項説明書の記載内容からすれば説明義務は果たされていたとして、説明義務違反を否定しました。
上記……で説示したとおり、本件ひびA及び本件ひびBは、いずれも本件南東側擁壁の強度ないし安全性の瑕疵に包含され又はその一部を構成する事象であると見るべきところ、本件責任免除合意の内容をなす本件契約書及び本件重要事項説明書の記載(前記前提事実(4))に徴すれば、原告らは、本件南東側擁壁を含む本件南側擁壁に瑕疵が存する蓋然性について、十分な説明を受けたものと認めるのが相当であり、被告らの説明義務違反は認めることができないというべきである。
コメント
売買対象となった土地について擁壁の安全性が不十分であった場合、買主から売主または仲介業者に対して、瑕疵担保責任または説明義務違反に基づく損害賠償請求が行われることがあります。
このような場合、一般的には、売主には責任が認められやすい一方、仲介業者には認められないケースが多いように思います。
裁判例でも、擁壁の安全性については建築の専門家でないと分からないことが多いとされていて、仲介業者にそこまでの知識を求めるのは酷であると判断されている例が多くあります。
ただし、今後、例えば擁壁の安全性に関する世間の意識が変わってくるなどすれば、仲介業者の責任に関する裁判所の考え方も変わってくるかもしれません。
また、本件では、擁壁の安全性に関する事項は瑕疵担保免責の範囲に含まれていたと判断されたように、契約書や重説の記載にも注意が必要です。
本件では、再築の際には行政庁より指導を受ける可能性があることや、擁壁の検査済証がないことなどを説明していたために売主・仲介業者の責任が否定されました。
仲介業者としては、先ほど述べたように擁壁の安全性についての説明義務がないとしても、やはりトラブルになりそうな点は先回りして調査・説明しておくべきなのはいうまでもありませんね。