交渉で言いくるめられないための3つのポイント(その2)

今回は、交渉で言いくるめられないためのポイント2つ目、「議論の軸をずらさせない」についてです。

どう見てもこちらが有利だと思って交渉に臨んだのに、終わってみると、なぜかこちらが譲歩せざるを得ない状況になってしまっていた、ということはありませんか。

客観的に不利な状況であっても、相手は、あえて議論の軸をずらすテクニックを使い、無理やりこちらが悪いというような状況を作り出します。
その上で、一気に畳みかけてくるのです。

一体、どのようなテクニックなのでしょうか。

1.相手はどのようなテクニックを使ってくるのか

いうまでもなく、交渉においては、自分の主張を支える材料が多い方が有利です。

では、材料が少ないときはどうすればよいのでしょうか。
そう、材料を作るのです。

とはいっても、自分の主張を支える材料はこれ以上増やせないので(それは互いに交渉前にやっているはずです)、相手を攻撃する材料を作るのです。
議論の軸をずらし、議論の内容とは関係ない事について、相手を責めることができる点を探し、そこを攻撃するのです。

そうすると、本来はこちらが有利であるにもかかわらず、攻撃され続けているうちに無意識に「こちらの主張にも問題があったのでは」と思うようになってきます。
そこを一気に畳みかけて追い詰めていき、最終的には「お互い様だよね。だから痛み分けということで納得しましょう」と譲歩をしつつ、自分に有利な条件に持っていくのです。
(これは前回のテクニックと同じですね。)

2.議論における使われ方

実際には、前回お伝えしたテクニックのほか、様々なテクニックと併用されて使われます。
例えば、このような感じです。

※事例は、「Aは、顧客であるB社からある業務を受託されており、毎月定額の代金を受けとっている。しかし、ここ数か月、B社の新しいプロジェクトが動き出しており、Aは事実上そちらの手伝いもさせられている。受託業務の量が増えているので、Aは、代金の増額をお願いしたい」というケース。

A「…というように、業務量の増えているので、従来の契約を見直して代金を増額してもらえないでしょうか」
B「いきなりそんな話をされてもねぇ。今こちらの社内が新プロジェクトでバタバタなのが分からないんですか?」
A「はぁ」
B「もっとタイミングを考えてくださいよ。こちらも困りますよ」
A「すみません」
B「今まであえて言わなかったけど、だいたいAさんの連絡ってタイミングが悪いことが多いですよね」
A「そうですか?」
B「こないだも、大事な時にすぐにレスポンスくれなかったことがあったじゃないですか」
A「はぁ、それについてはすみません」
B「あの時は社内も大変だったんですよ。どう考えているんですか?」
A「それは申し訳ないと思っています… しかし、あの時は直前になって急に連絡がきたものですから…」
B「うちが悪いと言いたいんですか? それはちょっとひどくないですか?」
A「い、いや、そういうわけでは… すみません」
B「うちのミスで、Aさんには全く非が無いと?」
A「いや、もちろん私にも責任はありますが…」
B「そうですよね。プロとして依頼してるわけですから、プロの仕事をしてもらわないとこちらも代金を支払うことができませんよ。これは分かりますよね?」
A「はぁ」
B「社内でも、Aさんとの契約を見直すべきか、という話も出てるんですよ。私も担当者として大変なんですよ。分かりますか?」
A「まぁ…」
B「私の言っていることに何か間違っていることはありますか?」
A「いえ…」
B「まぁ、私もAさんとの付き合いは長いので、今後も当社との良好な関係を続けたいと思ってはいるんですよ」
A「はぁ」
B「契約打ち切りとかね、そういう話に対しては、私も頑張ってAさんの成果を社内に伝えますから」
A「はぁ…ありがとうございます」
B「今後ともよろしくお願いしますね」
A「こちらこそ、よろしくお願いします…」

本来は、「業務量が当初の契約時よりも増えているので、その点を考慮して代金を増額するかどうか」というのが論点です。
Aの業務量が増えていることは明らかですので、この議論はB社にとって分が悪いですよね。
そこで、担当者は、Aのタイミングの悪さや過去の(ささいな)ミスを持ち出したり、また、Aの言葉尻をとらえることで、Aを攻撃し議論を有利に運ぼうとしているのです。
(さらに、質問形式にして、相手に非を認めさせるというテクニックも使っています。)

日常生活でも、「だいたい君はいつも…」というセリフを耳にしたことはあるのではないでしょうか。
これも同じです。ほとんどの場合、今の議論と過去の話は論理的に関係ないはずです。

このように、本来の論点とは関係ない部分で相手を責められる材料を探し出し、攻撃しようとしてくるのです。

3.対処法

では、どのように対処したらよいのでしょうか。

対処法は、①議論の軸がずれたらすぐに戻すこと、そして②そもそも軸をずらさせないようにすること、の2点です。

①議論の軸がずれたらすぐに戻す

そのためには、常に「議論の軸は何か(論点は何か)」を意識しておくことです。

先ほどの例では「今後の代金を増額すべきかどうか」が議論の軸であり、そのためには「業務量がどの程度増えているのか」「B社としては今後どのようにAに関わってもらいたいのか」などが話し合われなければなりません。

この議論には、Aの過去のミス(実はAのミスではなかったとしても、ミスだと言ってくることもあります)は本来関係ありませんので、話題がそちらに行きそうになったらすぐに修正して「業務量と代金額」の話題に戻す必要があります。
ずれた話題に乗り続けてはいけません。通常、相手は自分に有利な話題にずらしてくるものですので、その話題に乗り続けていれば攻撃材料を与えてしまうことになります。

もちろん、過去のミスであっても、その内容によっては今後の代金額を決めるのに関連する場合もあります。
しかし、そのミスと代金額の関連性を示さずに単にミスを責めることだけにこだわるようであれば、やはり議論の軸をずらしてきているのです。
この場合は、「確かにそうですが、その点と今後の代金額とはどのように関連するのでしょうか」という感じで、話題をもとに戻しましょう(ただし、②で述べるように、言い方には十分に注意しましょう)。
言いにくい雰囲気であれば、「あー、あの時はホントすいませんでした! で、話は戻りますがここ最近業務量が…」という感じでもよいと思います。

なお、先ほどの例のように、冒頭からいきなり「忙しいのが分からないの?」とかまされてしまうこともあります。
実際にはそう言ってるだけで別に忙しくないことが多いのですが、このままでは「忙しいのに面倒な話をしてきた」という点を責められかねませんので、あっさり引き下がるのがよいでしょう。
(ただし、今すぐ話をしなければならない場合や、毎回のらりくらりとかわされ続けている場合を除いては、「5分だけならいいですか?」と了承を取った上ですぐに本題に入ります。)

②議論の軸をずらさせないためには

端的に言うと、「相手に付け入るすきを与えない」ことが重要です。
攻撃材料に困っている相手は、虎視眈々とこちらのミスを狙っています。こちらの失言や、失言と取ることもできそうな言葉尻をとらえて攻撃してくるのです。

過去のミスのように、既に付け入るすきが与えられてしまっている場合には仕方ありませんが、それ以上すきを与えないよう、発言(言い方)には十分注意しましょう

先ほどの例では、つい「あの時は直前になって急に連絡がきたものですから…」と口走ってしまったため、「(自分でミスをしておいて)うちが悪いというのか」という攻撃を引き出してしまっています(これには、極端な二分法というテクニックも使われています)。
言っていることは間違っていないのですが、せめて「あれはお互い様ですから」というようなニュアンスであれば問題がなかったのではないかと思います。
(もちろん、そもそもこの発言の前に議論の軸がずらされてしまっていますので、その前に軸を修正すべきでした。)

また、上記①で述べたように、ずれた話題をもとに戻す際にも「その点は関係ないので」などと言ってしまうと、「何だその言い方は」「なぜオレの話が全く関係ないと言えるんだ」というような無用の攻撃を生んでしまうので、注意が必要です。

このように虎視眈々とこちらのミスを狙っている相手は、失言でなくともそれを失言のようにとらえて攻撃をしてきますので、言い方には十分注意しましょう。
(この「失言」の問題については、別の記事で詳しく考察します。)

つい相手に攻撃材料を与えてしまった場合には、①で述べたようにすぐに議論を修正する必要があります。
(なお、②については、相手との力関係によっては(対等な力関係か、こちらが上の場合は)そもそも考慮する必要がありません。何を言われても「それは本題とは関係ない」と切り捨てて、すぐに本題に戻してしまえばOKです。)

 

以上のように、このようなテクニックを使われないためにも、交渉の事前準備では「議論の軸は何か」という点をしっかり考えた上で、交渉中は常に意識しておく必要があります。

次回は、最後の「3.相手のペースに乗らない」についてです。