建物賃貸借における残置物の問題① 貸主側の視点

建物賃貸借において、借主が出て行った後に居室内に残置物がある場合、貸主側でこれを廃棄することは問題ないでしょうか。

逆に、借主は、退去後に残置物をそのままにしておくとどのような責任を負うのでしょうか。

このような残置物の問題は、一見すると単純なようですが法的には実は複雑で、理論的にも整理しきれいない部分があります。

今回はこの残置物にまつわる法的な問題について概説します。

※本記事では建物賃貸借の場合を前提とします。

貸主側から見た残置物の問題

まずは貸主側の視点から。

賃貸借契約が終了し(※)、借主が退去した後に残された動産類(残置物)。
借主と連絡が取れればよいのですが、そうでない場合には貸主側(貸主・管理会社・保証会社など)で処分するしかありません。
しかし、借主に無断で処分することに問題はないでしょうか。

借主が完全に退去したといえれば後は残置物の所有権の問題ですので、その点をクリアすれば貸主側で処分することが可能です。

しかし、そもそも借主が退去したといえるかどうかが疑わしい場合には危険です。
仮に借主の占有が残っているとされれば、無断で物件に立ち入り中の物を処分することが違法な自力救済となってしまう可能性もあります。

以下、場合を分けて詳しく見ていきます。

※以下の説明では賃貸借契約が終了していることを前提とします。

 

建物の占有を放棄(返還)した後の残置物

まずは典型的なケース。
例えば、賃貸借契約が終了し、借主が退去し鍵の返還が済んだ後で残置物があるようなケースです。

この場合には借主は建物の占有を放棄したといえるため、基本的には残置物の所有権のみが問題となります。

所有権放棄書

借主と連絡が取れて、残置物の所有者を放棄してもらえるのであれば問題ありません。

借主から残置物の所有権放棄書を取れれば、その後は貸主側で残置物を処分し(必要であれば)処分費用を借主に請求すればよいでしょう。

所有権放棄条項

では、借主と連絡が取れず放棄書を取れない場合はどうすればよいか。

この場合であっても、賃貸借契約書に残置物の所有権放棄条項が入っていれば、これで対応できることもあります。

所有権放棄条項とは、例えば「借主の退去後(返還後)に貸室内に借主の残置物がある場合は、借主はその所有権を放棄し、貸主が処分することに異議を述べない」のような内容の条項です。

退去後の残置物であれば、基本的にはこの所有権放棄条項により対応可能です。

放棄書や所有権放棄条項がない場合

では、所有権放棄書が取れず、契約書に所有権放棄条項もない場合はどうなるか。

この場合、残置物の所有権は借主に残ったままですから、貸主側で勝手に処分することはできません。

一旦は貸主側で保管し、借主への催促を続けるなどの対応(※)を行うことになります。

※仮に保管するとして、いつまで保管し続ければよいかは別途問題になります。具体的な事情や法的リスクの度合いなどを考慮して判断することになります。

ただし、貸主側で残置物の処分を行う場合、法的なリスクを完全になくすことはできません。法的にクリアにするのであれば、明渡請求訴訟→強制執行という法的手続の段階を踏む必要があります。

法的手続(訴訟・執行)

残置物の処理で、法的に最も確実な方法は訴訟・強制執行といった法的手続を行うことです。

費用・時間面でのコストが大きいため小型の家具などの残置物でここまで行うことは少ないでしょうが、大型の家具や機械が残置されており貸主側での保管が難しい場合などには訴訟によらざるを得ません。

※なお、相手が行方不明の場合も訴訟・強制執行手続を行うことは可能です(こちらをご参照)。

本記事では手続の詳細は割愛しますが、建物明渡請求訴訟を起こし、その勝訴判決をもって建物明渡しの強制執行を行います。
この場合、残置物は強制執行手続内で、目的外動産として処理(執行官による処分・保管・売却など)されます。

※これとは別に不動産賃貸先取特権の実行という手続もあります。

 

明確に占有を放棄したといえない場合

では、借主が建物の占有を明確に放棄したとはいえない場合はどうか。

例えば、借主が家賃を半年以上滞納し解除通知を受領した(よって契約は終了した)が、その後借主と連絡が取れなくなった場合で、部屋の中は従前のままの状態だがそこに住んでいるのかどうかも分からない、といったようなケース。

違法な自力救済となるリスク

この場合、借主は建物の占有を放棄したのか、占有を続ける(不法占有とはなりますが)意思なのかが、貸主側では分かりません。

外形的にはまだ借主は占有を失っていないともいえます。
したがって、仮に借主が占有を続ける意思であった場合には、状況によっては占有がまだ続いているとされるとされる可能性があります。

前述の所有権放棄条項はあくまで建物の占有が放棄されたことが前提ですから、この場合には使えません。

もし借主が占有を続ける意思であった場合には、貸主側が無断で残置物の搬出・処分などを行うと、借主の占有を侵害する行為として違法な自力救済となってしまう可能性があります。

※ただし、自力救済に該当する行為であっても、不在となった期間や、搬出などを行うべき緊急性、借主が被る損害の程度など具体的な事情によっては正当化される余地はあります。

明渡しみなし条項のリスク

また、このような場合に備えて、一定の場合には明渡しがあったものとみなす旨の条項を契約書に入れている例があります。例えば、「○○の場合には明渡しがあったものとみなし、貸主は物件に立ち入り残置物を撤去・処分することができる」というような内容の条項です。

しかし、このような条項があれば必ず安心というわけではありません。占有侵害行為まで認めるような条項は無効と判断される可能性があります。

実際に、このような条項があっても借主の占有を侵害する行為には適用されない(違法な自力救済となる)とされた裁判例もあります。

法的手続によるのが無難

したがって、借主が明確に占有を放棄したといえない場合には、前記の法的手続(訴訟・強制執行)による必要があります。

 

対応策

裁判例を見ても、現実の訴訟においては具体的な事情に応じてケースバイケースで判断されているのが実情で、理論的に整理がされているわけではないため「契約書にこう定めておけば大丈夫」というはっきりとした解決法はありません。

もっとも、少しでもリスクを軽減するために契約書の条項は可能な限り具体的に定めておく必要はあるでしょう。

また、完全な解決法はないとしても、少なくとも時間が経過すればするほど対処が難しくなることは間違いありません。
借主から所有権の放棄書を取れれば済む話だったのが、長期間放置することで借主と連絡が取れなくなってしまえば大事になってしまいます。

したがって、賃料不払いなど問題の予兆があった時点で、早期に対処する必要があるといえます。

以上、今回は貸主側の視点で残置物の問題を見ましたが、次回は借主側の視点から。