建物賃貸借における残置物の問題② 借主側の視点

引き続き、建物賃貸借における残置物の問題について。

前回は貸主側からの視点で解説しましたが、今回は借主側から見た問題について解説します。

借主が部屋に物を残して退去した場合、どのような法的責任を負うのでしょうか。

明渡義務を果たしたといえるか

借主が部屋に物を残して退去した場合、借主が明渡義務を果たしたといえるかが問題となります。

もし残置物があることにより明渡しが済んでいないとされれば、借主は明渡しまでの間の賃料相当損害金の支払義務を負うことがあります。

借主の明渡義務

賃貸借契約上の義務として、借主は、契約終了時に目的物を貸主に明け渡す義務を負っています。

借主がこの義務に反して契約終了後も明渡しを行わない場合は、債務不履行による損害賠償として賃料相当損害金の支払義務を負います(通常は賃料と同額ですが、特約により賃料の2倍の金額とされていることもあります)。

この賃料相当損害金は、借主が物件を明け渡すまで発生し続けます

「明渡し」とは

では借主は何をすれば物件を明け渡したことになるのでしょうか。

不動産の「明渡し」とは、物品を取り除いたうえで相手にに物件の支配(占有)を移転することをいい、建物の場合は、一般的には居室内の物品を取り除いて自身が退去し貸主に鍵を渡すことをいいます。

もっとも、実際の判断は事情ごとに異なり、例えば物品が完全に撤去されており借主も退去済みなど支配(占有)の移転が明らかであれば、鍵の返還がなくとも明渡しがなされたといえることもあります。

また、物品を取り除くといっても塵ひとつ残っていない状況までは求められているわけではありません。ゴミや小物が多少残っている程度であれば明渡済みといってよいでしょう。

明渡未了とされる場合

しかし、大型の家具や什器、機械類など建物の通常の使用収益を妨げるような物が残っている場合は、場合によっては、まだ借主の占有が残っているとして明渡未了とされることがあります。

裁判例でも、そば屋の什器備品が残置されていたケース、スポーツクラブのトレーニング器具が残置されていたケースなどで明渡未了とされたものがあります。一方で、業務用エアコンが設置されたままになっていたケースでは明渡しは完了したとされたものがあります。

どのような場合に明渡義務を果たしたといえるのかについては、大まかにいえば残置物の大きさ量、取外しの難しさなどを考慮して判断されるものと考えられますが、裁判例においても一律の基準があるとはいえず、具体的な状況によりケースバイケースの判断となります。

 

原状回復未了の場合は明渡しも未了?

なお、貸主側から「原状回復が終わっていないから明渡しも終わっていない」という主張がなされることがありますが、明渡義務と原状回復義務はどのような関係にあるのでしょうか。

建物賃貸借における原状回復義務には、一般に、物件に付属させた物の収去義務と、物件を損傷させた場合の補修義務を含みます(※)。

※2020年4月施行の改正民法では、前者の収去義務が(622条で準用される)599条1項に規定され、それとは別に後者の補修義務が621条に「原状回復義務」として規定されました。したがって、現在では条文上は原状回復義務=補修義務ということになりますが、ここでは説明の便宜のため従前の用語法(原状回復義務に収去義務も含まれる)で説明します。

補修義務と明渡し

このうち補修義務については、前述した明渡しの定義からすると、明渡しとは別次元の話だといえます(ただし特約(※)がある場合は別)。

※「借主は原状回復工事をすべて行ったうえで明け渡す」のような内容の特約。ただしこの特約があっても損害金の請求が制限されることがあります。

裁判例においても、退去し鍵の返還は済んだものの補修工事が完了していないことを理由に貸主が賃料相当損害金を請求した事案において、退去の時点で明渡しは完了したとされた例や、上記のような特約があっても工事に通常要する期間を経過した時点で明渡しがあったとされた例などがあります。

収去義務と明渡し

一方、付属物の収去義務の方は、明渡義務と重なる部分が大きいといえます。
据付のエアコンや照明器具程度であれば、それが残っていても明渡義務を果たしたといえることが多いでしょうし、大型の什器や機械類など建物の通常の使用収益を妨げるといえるような物が残っていれば明渡未了とされることが多いでしょう。

以上の原状回復義務と明渡義務が法的にどういう関係にあるのかは、裁判例を見ても理論的に整理されている状況とはいえず、具体的な事情に応じてケースバイケースの判断を求められる微妙な問題なのです。

 

理論的な整理がされていない問題

以上のように残置物の問題は、所有権の問題のほかに、建物の占有の問題(自力救済となるか否か)、明渡義務の問題、原状回復の問題などが複雑に絡む厄介な問題です。

しかも、それぞれの問題が理論的に整理されているわけではありません。

例えば、裁判例を見る限り、貸主側の行為が違法な自力救済となるかどうかという場面と、借主が明渡義務を果たしたかどうかという場面では、「借主の占有がまだ残っているか」という問題が別の基準で判断されているように思えます。

また、前述のとおり原状回復義務と明渡義務が法的にどういう関係にあるのかは明らかではなく、実際にはケースバイケースで判断されているのが現状のようです。

そうなると、貸主側としては、リスクを下げるためにはやはり契約書の条項(明渡しの要件や、原状回復と明渡しの関係など)を可能な限り具体的に・明確に定めておく必要があります。