他人から盗んだ物でも、さらに盗まれた場合は返還請求ができる?? 占有回収の訴えについて

所有権に争いがあるが、現時点では自分が所持(占有)している物が他人に奪われた場合に、何らかの法的手段をとることができるのでしょうか。

実は民法には、そのような場合に備えて「占有回収の訴え」という規定を置いており、これにより、たとえ自分が所有権を持っていなくとも返還請求ができるのです。

この規定によれば、極端な話、自分がAさんから盗んだ物であっても、それがさらにBさんに盗まれた場合には、Bさんに対して返還請求ができることになります。

今回は、この占有回収の訴えについて、最近の裁判例の紹介も併せて説明します。

 

所有権に基づく返還請求

まずは、占有回収の訴えはいったん置いておいて、所有権に基づく返還請求の場合を見てみましょう。

自分が所有する物が相手に盗まれた場合(不動産が不法占拠された場合も含みます)、相手に対しては、所有権に基づいて返還請求することができます。

他方、所有権が自分になければ、所有権に基づく返還請求はできません。
「そんなの当たり前だし、それの何が問題なのだ」と思うかもしれませんが、所有権が立証できない(立証が難しい)という事態はあり得ます。

ある物について所有権に争いがある場合には、所有権に基づいて返還請求訴訟をしたとしても、所有権を立証できなければ敗訴します

設例

例えば、あなたがCさんから不動産を購入してそこに住んでいたとします。

しばらくして、Dさんという人が「この不動産の所有権は自分にある」と言って、その不動産を強制的に占拠してしまったとします(場合によっては不動産侵奪罪という犯罪に当たりますが、それはひとまず置いといて)。

Dさんが言うには「実はCさんは所有者ではなく、自分は真実の所有者からこの不動産を買ったのだから、現在の所有者は自分である」とのことです。

本来の立証責任

本来、Dさんはこのような強制手段によるべきではなく、あなたに対して所有権に基づく返還請求訴訟を起こさなければなりませんでした。

そして、本来の訴訟では、Dさんが所有権を有することをDさん自身が立証する必要があります。

つまり、Dさんは「不動産の過去の所有者は実はCさんではなく、真実の所有者は別にいて、自分はその人から買った」ということを立証する必要があるのです。

立証責任が事実上転換される

これに対し、不動産を占拠されてしまった今、あなたがDさんに対して(所有権に基づく)返還請求訴訟を起こす場合には、あなたが所有権を有することを立証する必要があります

この場合、あなたはまずはCさんが真実の所有者であったことを立証しなければなりません(不動産の売買では、善意の第三者による即時取得が適用されないため)。
これが立証できなければ、あなたの敗訴です。

つまり、本来はDさんにあった立証責任が、あなたの方に移転してしまうのです。
これでは強制的に奪った者勝ちになってしまいますね。

※なお、先ほどDさんの行為が犯罪になり得るといいましたが、あからさまに乱暴に占拠した場合でなければ、警察は民事不介入ということで動かないことがあります。

 

賃借権等の場合は?

また、自分が借りていた物が盗まれた場合はどうでしょうか。
物を借りている人には賃借権という権利がありますので、賃借権に基づいて返還請求をすることができそうです。

しかし、原則としてこれはできません
なぜなら、賃借権という権利は、あくまで賃貸人に対して有するものであって、第三者に対する権利ではないからです。
つまり、賃貸人に対してのみ「この物を使わせろ」と言える、というだけの権利なのです。

したがって、第三者に対して賃借権を主張して返還請求をすることはできないのです。

同様に、例えば他人から物を預かっていて、それを第三者に盗まれた場合にも、第三者に返還請求をすることができません。

※ただし、不動産の賃貸借の場合には例外があり、対抗要件を備えている場合には、例外的に第三者に対しても返還請求ができるというのが判例です。
(なお、昨年の民法改正によりこの点は明文化されました(改正民法第605条の4))

 

占有訴権とは

ここで登場するのが「占有回収の訴え」です。

民法では、所有権のように物を直接支配することができる権利(物権といいます)がなくとも、物を占有しているという事実上の状態を保護するための制度があります。
これを占有訴権といい、民法では
 ①占有保持の訴え(占有の妨害の停止の請求)
 ②占有保全の訴え(占有の妨害の予防を請求)
 ③占有回収の訴え(返還請求)
の3類型が規定されています。

なお、ここでいう「占有」とは、動産であれば物を所持している状態、不動産であればそこを居住・利用している状態だと考えてください。
占有訴権とは、これらの状態(法的な権利ではなく事実上の状態)を保護するためのものです。

今回説明する占有回収の訴えについては以下のように規定されています。

民法第200条第1項(占有回収の訴え)
 占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。

これにより、ある物を占有していた人は、その人が所有権を持っているかどうかにかかわらず、その物が他人に奪われた場合には返還請求をすることができます(なお、これには期間制限があり、民法第201条第3項により、占有を奪われた時から1年以内に訴訟を提起しなければなりません)。

占有訴権は、物を占有してさえいれば認められますので、物に対する何らかの法的な権利は必要ありません。
したがって、訴訟では「その物を自分が占有していたところ、相手に奪われた」ということだけを立証すれば足ります。

また、どのように占有を開始したかという事情は問われません。
したがって、物に対して全く権利を持っていない場合(不法占有の場合)であっても、占有訴権は認められます。

では、なぜこのような制度があるのでしょうか。
それは、法律上の考え方で「いくら権利者であっても、法的手続によらず自力で物を奪うような行為(「自力救済」といいます)は許されない」という原則があるためです(この原則を「自力救済禁止の原則」といいます)。
そのため、たとえ真の所有者であっても、他人が占有している物を、法的手続によらず勝手に奪うことは許されず、その反面として占有者に占有訴権が認められているのです。

 

「権利の濫用」の規定による制限

そうはいっても、自分が物を盗まれて、数日後に盗まれた物を発見してこれを取り返した場合にまで、占有訴権を認めるのはどうでしょうか。
法律の規定上では、この場合でも占有訴権は認められ、盗んだ人は取り返した人に対して返還請求をすることが可能になっています。

しかし、このような場合の返還請求は明らかに不当なものですので、「権利の濫用」(民法第1条第3項)として認められていません。

民法第1条(基本原則)
1 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。

この条文は他の全ての条文に優先するため、たとえある条文である権利が明確に認められていたとしても、その権利の行使が権利の濫用に当たる場合には、その権利行使は認められません。

したがって、権利の濫用に当たると判断されれば、占有訴権も行使することができなくなります。

どこまでが権利の濫用になるのか具体的な線引きは難しいのですが、実際の裁判例では、占有を取得するに至った経緯や、占有を取得してからの期間、所有権などの権利があると信じていたのかどうかなどを考慮して、占有訴権の主張が不当かどうかを判断しています。

 

裁判例について

ここで、占有回収の訴えを起こすことが権利の濫用にあたるかどうかが争われた事例として、東京地裁2016年(平成28年)8月24日判決を紹介します。

事例は、一言でいえば会社の経営権をめぐる紛争で、いわば盗った・盗られたを繰り返したというものです。

ある会社(A社)が運営する自動車教習所において、原告(X社)が教習所の経営権を譲り受けたとして、X社が教習所を事実上乗っ取り支配しました(経営権が実際にX社にあるかどうかについては別の裁判で争われていたようです)。
これに対し、その約5か月後に、A社の代表取締役であるYらが、教習所から教習車数台を持ち出しました。
そこで、X社がYらに対して教習車の返還請求を求めて占有回収の訴えを起こした、という事例です。

原告(X社)が最初に自動車教習所の教習車の占有を奪い、その後に被告らがその占有を奪ったものと認定したうえで、さらに、それぞれが占有を奪った際の事情などについて以下のとおり認定し、結論として、原告の請求は権利の濫用に当たるため認められない、と判断しました。

ア 原告は、平成24年4月以降にa自動車学校の本件各自動車に対する占有を侵奪したものであるところ、かかる原告による先行の占有侵奪から、同年10月1日における被告らによる後行の占有侵奪までの期間は、長くとも5か月程度にすぎない。

イ 原告は、福岡高等裁判所宮崎支部が、平成24年3月14日、a自動車学校に対する被告Y4の支配権の確立につながる前件判決を言い渡した直後から、にわかに、本件教習所における自動車教習事業に対するa自動車学校の支配を正当な理由なく排除するとともに、同事業に対する原告の事実上の支配の既成事実化を推進したものと認められるところ、原告が本件各自動車に対して取得した占有は何らかの本権を伴うものではなく、原告が何らかの本権を有すると信じるについて相当の理由があったともうかがわれない。
(中略)

ウ 本件各自動車の所有権はa自動車学校に帰属するものと認められるところ、被告Y4は、a自動車学校の代表取締役として、かかる事実それ自体を終始一貫して認識していたほか、平成24年7月24日に本件仮処分命令が発せられたことにより、裁判所の判断においても上記事実が認定されたものと認識した。

エ 原告が本件各自動車に対するa自動車学校の占有を侵奪した態様は、専ら本件教習所に係る事業の運営権の徴表と見得る諸々の事実関係を恣に変更するというものであった。他方、被告Y4がa自動車学校の代表取締役の立場において被告Y1、被告Y2及び被告Y3の協力の下に本件各自動車に対する原告の占有を侵奪した態様は、本件教習所の従業員が立ち会う状況の下、殊更に物理的強制力を用いることなく、本件各自動車を運転して移動させるというものであった。

 

占有回収の訴えのその後

ところで、所有権はどうなるのでしょうか。

前述したとおり、占有回収の訴えによる返還請求は、所有権がなくても認められる(つまり、所有権がなくても占有していた人が物を返してもらえる)わけですが、それでは本来の所有者は物を返してもらえないのか?

と思えそうですが、もちろん最終的には所有権の方が勝つことになります。
詳細は割愛しますが、占有者が占有回収の訴えが起こしたとしても、所有者は所有者で、所有権に基づく返還請求訴訟を別に起こすことが可能です。

そして、占有回収の訴えの結論がどうなろうと、所有権が認められれば、最終的には所有権による請求が勝ちます。
その意味では、占有回収の訴えが意味を持つのは、互いに所有権を立証できないという特殊な事例に限られるといえます。