訴える相手方が死亡し、相続人がいない場合の訴訟や強制執行手続について(相続財産管理人・特別代理人)
訴えようとした相手がすでに亡くなっており、しかも相続人がいない――こんな時はどうすればよいのでしょうか。
相手名義の不動産に関する紛争がある場合や、相手名義の不動産に強制執行をしたい場合であっても、当事者となるべき者がいないままでは訴訟などを起こすことができません。
例えば、相続人となるべき者(配偶者や子、親、兄弟姉妹)がそもそもいない場合や、あるいは相続人全員が相続放棄をした場合などに、問題となります。
また、相手が法人であれば、その唯一の取締役(代表取締役)が亡くなった場合に、同じような問題が生じます。
こうした場合、法律上の原則では相続財産管理人を選任させて解決を図ることになっています。
しかしこの制度は、後に述べるように金銭面での大きなネックがあります。
そこで、場合によっては特別代理人を選任させて解決できることがあります。
訴訟手続だけでなく、強制執行手続においてもこの方法は可能であり、相続財産管理人の場合のようなデメリットは少なくなります。
以下、詳しく説明します。
※「特別代理人」という制度は民法などさまざまな法律で定められていますが、以下では民事訴訟法および民事執行法に定めるものに限って説明します。
目次
相続財産管理人とは
相続財産管理人とは、相続人に代わりに遺産(相続財産)を管理し、債権者への弁済などを行うために家庭裁判所に選任された者です。
亡くなった人に相続人がいるのかどうかが明らかでない場合や、相続人がいないことが明らかである場合(以下、両者をあわせて「相続人不存在など」といいます。)には、利害関係人などの申立てにより家庭裁判所が相続財産管理人を選任します(民法951条、952条)。
相続財産管理人が選任された場合は、こちら(債権者側)としては、亡くなった相手方の代わりに管理人宛に請求する(訴訟などを起こす場合も管理人相手に起こす)ことになります。
このように、既に相続財産管理人が選任されていれば、いわば訴える相手が替わっただけですので特段問題ありません。
しかし、まだ選任されていない場合には、こちらで選任の申立てを行わなければなりません。
予納金などの問題
そして、この申立てには大きなネックがあります。
それは予納金の問題です。
相続財産管理人の選任の申立てに際しては、事前に数十万円~100万円程度の予納金(あらかじめ裁判所に納める金銭)が必要なのです。
これは、後に就任することになる相続財産管理人の報酬のほか最低限の経費を確保するためです。
しかも、これは申立人が用意しなくてはなりません。
この予納金は、相続財産に余剰があれば後に戻ってきますが、資産がない場合や債務超過の場合には戻ってくることはなく、完全にこちらの持出しになります。
※ただし、換金しやすい資産がある程度存在する場合には予納金が低額(場合によってはゼロ)で済むことがあります。
そのほか、回収までに最低半年はかかることや、債務超過の場合には按分弁済となる、といったネックがあります。
実際にはあまり使われていない
これらの点が大きなネックとなっており、実際には冒頭のようなケースではほとんど使われていません(実際に、相続人不存在などになるケースでは無資産や債務超過ということが多いためです)。
※実際に、相続財産管理人の選任申立ては特別縁故者によるものが最も多いといわれています。
特別代理人(訴訟の場合)とは
そこで、冒頭の事例で訴訟を起こす場合は、通常、「特別代理人」(民事訴訟法37条、35条)という制度が使われています。
特別代理人とは、ある特定の手続(訴訟など)ためだけに選任される代理人であり、その手続に関してのみ代理人としての権限を持っています。
相続財産管理人が、いわば包括的な代理人である(亡くなった人の権利義務全般についての代理権を持っており、全ての債権者のみならず債務者との対応を行います)のとは対照的です。
相手方が亡くなり相続人不存在などになった場合、訴訟を起こす側は、訴訟の提起と同時に特別代理人の選任申立てを行います。
裁判所により特別代理人が選任された後は、特別代理人を相手に訴訟手続を行うことになります。
予納金は低額で済む
特別代理人の場合も予納金は必要ですが、通常10~20万円程度です。
この点は、相続財産管理人の場合と大きく異なります(基本的に持出しにはなってしまいますが)。
判決を得た後は
証拠などから十分に事実関係が認められれば、こちらが勝訴することになるでしょう。
ただし、ここで得られるのはあくまで勝訴判決だけという点には注意が必要です。
確かに、登記手続を求める訴訟の場合は、その判決書のみをもって登記名義の移転などができますので問題ありません。
※そのため、消滅時効による抵当権や仮登記の抹消登記手続請求や、取得時効による所有権移転登記手続請求などの場面では、特別代理人制度がよく使われます。
しかし、金銭の請求を求める訴訟の場合は、判決をもらっても支払いを行う人がいないため、このままでは何の意味もありません。
そこで、次に強制執行を行うことになります。
特別代理人(強制執行の場合)とは
※以下では強制執行手続のうち不動産強制競売を念頭に説明します。
相手が不動産を持っている場合には、その不動産に対して強制執行(競売)を行うことで回収することになります。
では、強制執行手続でも特別代理人制度は使えるのでしょうか。
民事訴訟法上の特別代理人制度を準用
結論からいうと、強制執行の場合でも、訴訟の場合と同様に特別代理人制度を使うことができます(民事執行法20条、民事訴訟法37条、35条)。
具体的な手続も訴訟の場合と同様で、強制執行の申立てと同時に特別代理人の選任を申立てを併せて行います。
必要な予納金は5万円~10万円程度です。
※さらに、申立後に、名義変更登記手続(相手方名義から相続財産法人名義への変更)をこちらで行う必要があります。
特別代理人が選任された後の手続は、通常の強制執行と同様です。
競売や配当(または弁済金交付)などの手続が行われ、最終的に配当金(または弁済金)が支払われます。
※剰余金が生じた場合
債権額を上回る金額で売却された場合、売却代金から債権者への支払いを行った後に余った金銭(剰余金)はどうなるのでしょうか。
本来であれば不動産の所有者に支払われるべきものですが、相続人不存在などの場合には剰余金を受け取る人がいません(特別代理人にも受領権限がありません)。
そこで、剰余金が生じた場合は、その段階で相続財産管理人の選任申立てを行い、剰余金を管理人に引き継ぐことになります(十分な額の剰余金がある場合には予納金は不要)。
このように、特別代理人制度を使えば、金銭的にも時間的にも(特別代理人選任までの期間はおおよそ1か月)最小限のロスで済みますので、相続人不存在の場合には検討する価値があります。
(参考)民事執行法上の特別代理人
なお、強制執行手続等について定めた民事執行法にも「特別代理人」という制度があります(民事執行法41条)が、これは上記とは別の制度です。
この条文に基づく特別代理人制度は、強制執行の開始後に相手方が亡くなってしまい、かつ相続人不存在などになったケースを前提としています。
民事執行法
第41条(債務者が死亡した場合の強制執行の続行)
1 強制執行は、その開始後に債務者が死亡した場合においても、続行することができる。
2 前項の場合において、債務者の相続人の存在又はその所在が明らかでないときは、執行裁判所は、申立てにより、相続財産又は相続人のために、特別代理人を選任することができる。
3 民事訴訟法第三十五条第二項及び第三項の規定は、前項の特別代理人について準用する。
そのため、申立前にすでに亡くなっている場合は上記は適用できませんので、注意が必要です。
相手が法人の場合
相手が法人であり、その唯一の取締役(兼代表取締役)が亡くなった場合にも、特別代理人制度による解決の方が安価・早期です。
このような場合にも、確かに、法が予定した原則的な方法として一時取締役(仮取締役)あるいは一時代表取締役(仮代表取締役)という制度があります(会社法346条2項、351条2項)。
しかし、やはり予納金や期間の問題から、訴訟を起こすなどのためだけに債権者が選任申立てをするのは割に合わず、このような場合にはあまり使われていません。
一方、特別代理人制度の場合は前記で述べたように予納金も安く手続も早いため、このような場合には通常は特別代理人制度が使われます。