NHK受信料裁判についてのまとめ・後編 最高裁ではどのような点が審理・判断されるのか
(※追記:2017年12月6日、最高裁判決が言い渡されました。
最高裁判決についてはこちらの記事(NHK受信料問題 最高裁判決を前提とした受信料の徴収実務について)をご参照ください)
前回お伝えしたように、放送法の規定により、NHKの放送を受信できる受信設備を設置した者は、NHKと受信契約を締結しなければならないとされています。
NHKから委託を受けた会社の職員が、受信料を取り立てに自宅にやってきたという経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
「法律に規定されているから」と支払いを求め、しぶしぶ支払ったら「確認のため」と何かの書類にサインを求める。サインをしないと帰らなそうなので、仕方なくサインをして帰ってもらいほっと一安心。しかし、実はその書類が契約書だった――ということでクレームが多発した時期もありましたね。
とはいえ実際には、契約書という書面に自分の署名がある以上、契約の効力を否定して訴訟で争うのは難しいです。多くの訴訟でNHKが勝訴しています。
それでは、どうしても契約書にサインをしなかった場合はどうでしょうか。契約の締結を裁判で強制することができるのでしょうか。
契約の締結を強制する方法
これには大きく二つの考え方があります。
第1の考え方
法律の規定をもう一度確認してみます。
放送法64条1項の規定は「協会(※注:NHKのこと)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」となっています。
これを素直に読めば、受信設備を設置した者(以下「設置者」といいます)は受信契約を締結する法律上の義務があるのだから、強制的に契約を締結させるよう請求できるとも思えます。
しかしそのような請求は法律上認められていません。
契約の成立には原則として、一方による「申込み」の意思表示と他方による「承諾」の意思表示が必要です。
どちらも無いのに、訴訟で強制的に契約関係を認めることはできないのです。
そこでNHKは考えました。
まず「契約のお願い」などと設置者に通知を送っておき、これを契約の申込みとしたのです。
当然、設置者がこれを承諾しなければ契約は成立しません。
しかし、放送法の規定により設置者には契約の承諾義務があるとして、承諾の意思表示を求める訴えを起こすのです。
この請求の根拠は以下の条文の下線部分です。
民法第414条(履行の強制)
第2項 債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。
そして、承諾の意思表示の効力が生じる時、つまり契約の成立時期は以下の条文により判決の確定時となります。
民事執行法第174条(意思表示の擬制)
第1項 意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し……たときは、債務者は、その確定……の時に意思表示をしたものとみなす(以下略)
そうすると、この判決が確定した時に契約が成立することになります。
もっとも、ここで承諾する契約の内容については日本放送協会放送受信規約に従うことになりますが、規約第4条1項においては「放送受信契約は、受信機の設置の日に成立するものとする」とされていますので、結局契約は受信機(テレビ等)を設置した日に成立したことになり、受信料はその月から(規約第5条1項)発生することになります。
そこで、訴訟では、承諾の意思表示を求める請求と、設置からの受信料の請求の二本立ての請求を行うことになります。
これを認めたのが東京高裁2013年12月18日判決、東京地裁2014年1月29日判決、東京地裁2014年10月9日判決などです。
第2の考え方
他方、放送法が受信契約の締結義務を定めていることから、NHKが受信契約締結の申込みを行った場合には、これに対する承諾の意思表示が無くとも受信契約が成立するという考え方もあります。
契約の成立には申込みと承諾の意思表示が必要なのが原則ですが、この考えでは、放送法の規定によりNHKによる通知に契約を成立させる効力があると解釈するのです(このような権利を「形成権」といいます)。
2013年10月30日の東京高裁判決ではこの考えが採用され、「控訴人(注:NHK)が、受信契約締結に正当な理由なく応じない受信者に対して、受信契約締結の申込みを行った場合には、これに対して当該受信者が承諾の意思表示を行わないときにおいても、通常必要と考えられる相当期間を経過した時点で受信契約が成立」すると判断されました(なお、これは厳密な意味での「形成権」とはいえませんが、実質的に同じものと考えられます)。
そして、ここでいう「相当期間」とは長くて2週間とされました。
したがって、NHKからの通知の(遅くても)2週間後に契約が成立することになります。
なお、この考え方によっても、契約が成立するのが受信機を設置した日となり、受信料がその月から発生する点は上記第1の考え方と同じです。
まとめ
こうしてみると、結局受信料がいつから発生するかはどちらの考え方によっても変わりませんので、何だかあまり意味のない議論のようにも思えます。
しかし、上記第1の考え方では、裁判を起こして判決が確定するまで契約が成立しないのに対し、第2の考え方によれば通知だけで契約が成立することになります。
つまり、第2の考え方によれば裁判をしなくても代金を請求することが可能になるのです。そのため、考え方によって時効の点などで結論が変わってきます。
また、当然のように「受信料は受信機設置の時から発生する」と判断されていますが、上記の法律構成によっては、このことをどのように説明するのか、あるいはそもそもそのように解釈することができないのではないかという点が変わってきます。
さらに、ここでは立ち入りませんが両者の考え方はそれぞれ法律解釈上の問題を含んでおり(複数の論文が出ています)、また高裁レベルで判断が分かれていることもあるため法律構成をどう考えるかは興味深い論点だと思っています。
最高裁では、この点がはっきりと判断されるでしょう。
憲法上の問題
なお、一連の訴訟では憲法上の問題も争われています。
放送法によれば、受信機を設置したら必ずNHKと契約をしなければならなくなってしまいます。
そこで一連の訴訟では、このことが契約自由の原則や財産権の保障、知る権利の保障、租税法律主義の原則など、憲法に定める各条項に違反するとの主張がなされました。
しかし、一連の受信料訴訟の中で放送法のこの規定が憲法に違反すると判断された例はまだありません。
最高裁では、憲法上の問題についても判断されるでしょう。
その他の問題
最後に、その他の細かい点についても軽く触れてみます。
受信料の消滅時効について
受信料の消滅時効については、民法第169条が適用されるとされました(最高裁2014年9月5日判決など)。そのため、債権発生日から5年が経過すると時効により消滅します。
民法第169条(定期給付債権の短期消滅時効)
年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は、五年間行使しないときは、消滅する。
これは家賃などにも適用される条文ですね。
日常家事債務
受信契約にも民法第761条が適用されます(東京高裁2010年6月29日判決、札幌高裁平成22年11月5日判決など)。
テレビを買ったのは夫であるが契約書にサインをしたのが妻である場合でも、夫は受信料の支払義務を負うことになります。
民法第761条(日常の家事に関する債務の連帯責任)
夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。
夫婦といえども別の人間ですから、原則として一方が行った行為は他方に影響しません。
しかし、日常生活に通常必要な範囲の行為についてこの原則を厳格に考えるといろいろと不便ですので、このような行為については、双方ともに他方を代理する権限があると考えられています。