新型コロナを理由に家賃の減額・免除や猶予を要求されたら、応じなければならないの?
新型コロナウイルス感染症の影響で家賃(賃料)を支払えなくなったテナントは、オーナーに対し家賃の猶予や減額を要求することができるのでしょうか。
居酒屋など夜営業がメインの飲食店では、外出自粛や営業停止の要請により、昨年同月比で売上90%ダウンなどという話も聞きます。
天災と呼ぶべき状況で、テナントにとっては、まさに不可抗力による支払不能と言いたい状況かもしれません。
では、このような場合に家賃の支払いの猶予や、家賃の減額・免除を求めることはできるのでしょうか。
民法および借地借家法の規定について解説します。
目次
家賃の猶予や減額・免除は難しい
売上が激減して家賃を支払えなくなった場合、賃貸人に対して家賃の猶予や減額・免除を求めることが考えられます。
もちろん、当事者双方が合意のうえそのような取極めをすることは可能です。
あらかじめ上記のような事態を想定し、家賃の猶予や減額・免除について契約条項に定められていれば、その規定に従うことになります。
また、仮にそのような条項がなかったとしても、話合いで家賃の猶予や減額・免除について合意することも可能です。
では、契約にそのような条項がなく、かつ賃貸人が話合いにも応じてくれない場合に、「不可抗力」を理由に家賃の猶予や減額・免除を請求することはできないのでしょうか。
――残念ながら、現行法ではこれは無理だと考えた方がよいでしょう。
家賃の支払時期や金額は賃貸借契約で定められているとおりです。
法律上の原則としては、一度定めた契約内容を後から一方的に変更することは許されません。
したがって、賃貸人が同意をしない限り、契約で定められた期日・金額は守らなければなりません。
もちろん、法律上はこの原則に対して例外規定を設けていますが、以下に述べるとおり、今回の新型コロナの影響に関しては例外規定の適用は難しいといえます。
家賃の支払いを猶予させる規定はあるか
まず、家賃の支払猶予について。
ある意味では不可抗力ともいえる今回の状況で、家賃の支払いを猶予してもらえるような法律の規定はないだろうか、とお思いの方も多いかもしれません。
しかし、残念ながら現行法では猶予(支払いを遅らせること)を強制する規定はないのです。
家賃が発生し続けている限り(※)、必ずその期日どおりに支払いを続けなければならず、遅れれば債務不履行となってしまいます。
※もちろん、家賃の支払義務が消滅した場合は話が別です(次項以降を参照)。
家賃を減額・免除させる規定はあるか
前記のとおり、一度定めた契約内容を後から一方的に変更することができないというのが法律上の原則ですが、民法や借地借家法にはいくつか例外規定が定められています。
民法の規定
まずは民法の規定について。
賃貸目的物(建物)の一部または全部が滅失するなどして利用ができなくなった場合には、賃借人は、家賃の減額(場合によってはゼロとなる)ことを主張できます(民法611条、536条)。
しかし、外出自粛要請による売上減少は賃貸借関係とは全く関係がありませんし、また、緊急事態宣言に基づく営業停止要請があったとしても、あくまで店を開けることを止められているだけであって、建物の利用ができなくなっているわけではありません。
したがって、上記の規定は適用されません。
ただし、ショッピングセンターなど大型商業施設において、施設管理者が施設全体を閉館して利用できなくさせた場合などは話は別で、上記の規定が適用される可能性はあります(もっとも、そのような施設の利用契約であれば、何らかの条項が定められているでしょう)。
通常の飲食ビルのテナントなどでは、減額・免除の主張は難しいでしょう。
借地借家法の規定
続いて借地借家法による賃料増減額請求権について。
借地借家法32条1項には、経済事情の変動などにより現行の賃料(家賃)が不相当となった場合は、賃料の増額または減額を請求できると定められています(賃料増減額請求権)。
ただし、この請求権はあくまで将来に向かって増額・減額を請求できるに過ぎず(32条1項)、また、当事者間に協議が調わないときは、裁判が確定するまでは賃貸人は相当と認める額を請求できる(通常は従前どおりの金額を請求するでしょう)とされていること(同条3項)に注意が必要です。
つまり、この規定に基づき減額を請求しても、その後に賃貸人と合意するか、減額を認める裁判が確定するまでは、従前の金額の家賃を支払い続ける必要があるのです。
さらに、そもそもこの規定は、現行の賃料(家賃)が不相当となった場合に、相当な金額まで増額・減額するというものです。
家賃相場が変動して今より下がるのはもっと先でしょうから、現時点で「金額が不相当になった」とはいえないでしょう。
ただし、今回の新型コロナウイルスの影響で今後数年間にわたって経済が冷え込むことにより、周辺相場が大きく落ち込むようなことがあれば、いずれはこの規定が適用できるようになるかもしれません。
※なお、定期借家(定期建物賃貸借、定借)の場合で、賃料増減額を行わない旨の特約があるときは、上記の規定は適用されません。ちなみに、ほとんどの定借にはこのような特約が付いています。
家賃を払えなくなった場合はどうなるか
では、家賃を支払えない場合はどうなるのでしょうか。
残念ながら、前記で見たとおり今回の新型コロナの影響であったとしても、家賃の支払義務を免れることはできません。
そして、家賃を支払わなければ債務不履行として契約を解除されてしまいます。
すなわち、追い出されてしまいます。
1、2か月分の不払いならセーフ?
ただし、1回や2回支払わなかった程度ですぐに追い出されるわけではありません。
賃貸借契約のような継続的な契約の場合、債務不履行があったとしても、当事者間の信頼関係が破壊されたといえない場合には契約の解除は認められない、というのが判例です。
そして、裁判例ではおおむね3か月分程度の不払いがなければ「信頼関係の破壊はない」と判断され解除が認められていないため、家賃不払いで解除できるかどうかのボーダーラインは、一般的に3か月分と考えられています。
その意味では、1、2か月分の不払いならまだセーフ(解除されないという意味では、ですが)といえるでしょう。
しかし逆に、不払いが3か月分に達すれば、賃貸人による契約解除および明渡請求は裁判所に認められやすくなります。
ただし、以上は通常の場合の話です。
新型コロナを踏まえた法務省の見解について
上記の解釈に関し、経済産業省のwebサイトにおいて、法務省民事局の見解が以下のとおり紹介されています。
最終的には事案ごとの判断となりますが,新型コロナウイルスの影響により3カ月程度の賃料不払が生じても、不払の前後の状況等を踏まえ、信頼関係は破壊されておらず、契約解除(立ち退き請求)が認められないケースも多いと考えられます。
新型コロナウイルスの影響を踏まえれば、現在の状況では3か月分程度の不払いがあっても契約解除は認められにくいだろう、ということなのですが、その理解には注意が必要です。
確かに、家賃を払えなくなった原因が、外出自粛要請や営業停止要請による売上の激減にあるのであれば、不可抗力といえる側面も大きいといえます。
そのため、普段なら3か月分の不払いで解除が認められているとしても、現在の状況ではそうはいえないだろう、という意味では私も上記の見解は正しいと考えます。
しかし、上記はあくまで「(一般的なボーダーラインと考えられている)3か月程度の不払い」の場合の話であって、不払いが4か月、5か月と続いた場合にどうなるかは何も述べていません。
「新型コロナの影響であれば業績が回復するまで払わなくても解除されない」などといっているわけではないのです。
3か月分程度の不払いなら解除されて追い出されることはないにしても、例えばそれが6か月続いた場合にも同じことがいえるわけではありません。
不払いを続ければ、いつかは間違いなく解除され追い出されてしまいます。
あくまで「ボーダーラインとされている3か月が多少伸びる」くらいだと考えておいたほうがよいでしょう。
余談:事情変更で賃貸借契約が消滅?
余談ですが、今回の新型コロナの影響を受けてテナントが「事情変更の原則に該当し賃貸借契約が消滅した」などと説明している例があるようです。
前述したとおり、一度定めた契約内容を後から一方的に変更することは許されないというのが法律上の原則ですが、例外として、この「事情変更の原則」という法理が判例上認められています。
事情変更の原則とは、契約当時に予想できなかった事情の変化により、契約内容をそのまま履行させることが当事者の公平に反するような場合に、契約の変更や解除を認めるという考えです。
(ちなみに、前述の賃料増減額請求権はこの考え方に基づき定められた規定です。)
確かに新型コロナの影響自体は予想外だったとしても、店舗の営業が一時的にできなくなるということ自体は予測不可能というわけでもないので、今回のケースで上記の主張は難しいでしょう。
さらに細かいことをいうと、契約が「消滅」したとはいわず、正しくは「終了」です。
それはさておき、なぜ賃貸人側ではなくテナント側の方から消滅(終了)をアピールするのでしょうか。
賃貸人が理不尽な理由で契約を終了させてテナントを追い出す、という例はよくありますが、逆はあまり聞きませんね。
…まぁ、勝手な推測を書いても仕方がないのでこの辺りにしておきます。