脱法シェアハウスを建築した業者の責任が否定された事例。ただし特殊な事例なので注意!

建築業者が違法建築に関与した場合には、民事上の損害賠償責任のみならず、行政上の責任(許認可に関する処分など)や刑事責任をも負うことになります。
少なくとも民事上の損害賠償責任については、まず免れることができないと考えた方がよいでしょう。

しかし昨年、脱法シェアハウスを建築した業者の損害賠償責任を否定した判決が言い渡されました(東京地裁2016年7月28日判決)。
2018年1月11日号の日経アーキテクチュアで紹介されています(シェアハウス偽装申請の責任とは?|日経アーキテクチュア)。

ただしこの件は、後述のとおりかなり特殊な事案ですので一般化はできません。
通常は損害賠償責任を負わないとされることはまずありませんので、安易に違法行為に関与することは現に慎まなければなりません。

脱法シェアハウスとは

「脱法シェアハウス」という言葉は5、6年前からニュースに出るようになりました。
建築基準法等の条件を満たさないシェアハウスで、一言でいうと違反建築物です。

シェアハウスは新しい建物利用の形態であったため、一時は建築基準法上の扱いが不明確であったこともありました。
しかし、物置部屋のようなシェアハウスの建築が相次ぐなどして社会問題化したこともあり、2013年9月6日の国交省の通達によって、シェアハウスを建築基準法上の「寄宿舎」として取り扱うことが明確化されました。

寄宿舎としての条件を満たすためには防火性能や採光・換気の確保、窓先空地の確保など厳しい基準をクリアしなければなりません。
そのため、この取扱いによって、多くのシェアハウスが違法な建築物となってしまいました。
(このことは業界では「9・6ショック」と呼ばれています)

現在でも、この厳しい規制を免れるために、建物をシェアハウス仕様に改築する際に確認申請を行わなかったり、改築・新築の際に他の用途(寄宿舎以外の用途)と偽って確認申請を行ったりする例があります。

これらは当然、寄宿舎としての条件を満たしていない違法な建物です。

 

設計・施工業者が負う責任

建築基準法に違反する建物を建築した場合、施主は、建物の使用禁止命令や改築命令、除却命令などを受けることになり、建物をそのまま利用することができなくなります。

この場合、設計・施工を行った建築業者は、故意・過失があれば債務不履行責任を負うほか、故意・過失がなくとも瑕疵担保責任を負うことになり、いずれにせよ損害賠償責任を免れることはできません

そのほか、建築業者が故意でこれらの違法行為を行った場合には、建築基準法上の刑事罰を受けたり、場合によっては建設業法に基づく業務禁止命令を受けたりすることがあります。

 

今回の裁判例のケース

では、業者の損害賠償責任が否定された冒頭の裁判例は、どのような事例だったのでしょうか。

この事例は、簡単にいうと次のようなものです。

施主(医師が経営する会社)が、ある土地にシェアハウスを建築しようと考えましたが、その土地では建築基準法上シェアハウス(法律上は寄宿舎)を建築することができませんでした。

そこで、施主と建築業者が共謀して、いったん事務所(個室付のレンタルオフィスのような形態)として建築確認申請を行い工事後に完了検査を受けたうえで、その後に内装を改造してシェアハウスにしまうという計画を考えました。
施主と業者はこの計画を実行して、最終的に脱法シェアハウスを建築してしまったのです。

完成後、しばらくはシェアハウスとして営業を行っていました。
(引渡しは2012年2月22日、シェアハウスとしての営業開始は同年4月から。)

ところが、2012年12月にこれが行政(消防署及び建築監視員)に発覚し、施主ははこの建物をシェアハウスとして運営することができなくなってしまいました。
(ただし、最後の入居者が退去したのは2015年6月。)

その後、施主が工事代金の一部を支払っていなかったため、まず建築業者が施主に対して残代金(約650万円)の支払いを求める訴訟を起こしました。

これに対し、その訴訟の中で、施主が建築業者に対して損害賠償(約7812万円)を請求する訴訟を起こした(これを「反訴」といいます)のが今回の事例です。

 

当事者の主張・裁判所の判断

業者の代金請求については、特に争いはありませんでした。

これに対し施主は、違法な建築を行ったことによってこの建物をシェアハウスとして利用できなくなってしまったことから、すでに支払った工事代金の返還及び建物の解体費用を業者に対して請求しました。
(詳しくいうと、工事代金の返還は、そもそも工事契約の内容が違法で実現不可能(シェアハウスとして利用できないため)なものであったため、契約自体が錯誤により無効であることを理由としており、解体費用の請求は債務不履行または不法行為を理由としています。
事案の内容や当事者の主張の詳細は、判決文あるいは前記記事をご参照ください。)

この主張に対し、判決では、施主の損害賠償請求は一切認めず、業者側の代金請求は全額認めました。
つまり施主の全面的敗訴です。

その理由なった主な点は以下のとおりです。

この偽装工作は確かに業者がが提案したものではありますが、施主はその内容やどのようなリスクがあるかを十分承知していたと認定されました(この点が本件の最大の争点でした)。

施主は医師が経営する会社であり確かに建築の専門家ではなかったものの、その会社では相当程度過去に不動産を扱っていたことや、この建設業者との間で過去にトラブルがあり違約金を請求したことがあったなど、安易にこの建設業者のいいなりになるような状況ではありませんでした。
そのため判決でも、施主は、今回の計画が違法であること、及びそれにより将来シェアハウスが営業できなくなるリスクについて十分理解していたものだと認定されました。

したがって、工事契約は無効とはならないと判断されました。
(錯誤のみならず、公序良俗違反もないとされました。)

また、損害賠償についても、確かに当初の依頼どおりの建物は完成しており、用途変更や追加工事を行うなどしてこの建物を合法的に利用することは可能であるここから、施主の損害が認められないと判断されました。

結論として、業者側の代金請求(約650万円)のは認められ、施主側の代金返還及び損害賠償請求(約7812万円)は否定されました。

 

特殊な事例ゆえの判断?

建築専門家である建築業者(当然、建築士も関与しています)が違法行為に加担したのに一切責任を負わないという結論には、違和感を覚える方も多いと思います。

この事件は、この土地ではシェアハウスの建築ができないことを知りつつ、その規制を免れることを目的として、いったんは事務所として確認申請を行い完了検査を受けつつ、その後に内装をシェアハウス仕様に変えるということを最初から意図していたという点で、極めて悪質なケースであるといえます。

しかし、上記のような結論になったのは、この事案の特殊性と施主の請求の立て方によります。

事案の特殊性

前述のとおり施主は医師が経営する会社であり、建築の専門家ではありません。
しかし、相当程度過去に不動産を扱っていたことや、この建設業者との間で過去にトラブルがあり違約金を請求したことがあったなど、安易にこの建設業者のいいなりになるような状況ではなかったのです。

したがって、全くの素人の顧客が、事の重大性を理解することなく建築業者の説明を鵜呑みにして依頼してしまったというケースとは本質が異なります。

請求の立て方

また、今回の事件では、施主は、既に支払っていた代金全額の返還と建物の解体費用を請求しています。
要するに、契約全体をなかったものとする内容ですね。

このような請求内容では、裁判所の判断は、全面的に認めるか全面的に否定するかのどちらかしかないのが通常です(過失相殺のように60%無効にする、ということはできないため)。

確かに業者側の違法性・悪質性は極めて高いものではありますが(この計画は業者側から持ちかけられたと認定されています)、施主側もこの計画の違法性を十分認識していたのですから、施主が一方的に被害者といえるかには疑問が残ります。
さらに、完成した建物は少なくとも事務所としては問題なく使える(事務所としては建築確認を受けているので)わけですから、耐震偽装マンションのように、取り壊さなければならないほど致命的な欠陥があるわけではありません。

これらの点を考慮して、契約自体をなかったことにするという主張が否定されたのだと思います。
そのため、施主が損害賠償として、建物を合法的に利用するために必要となる改修費用のみを請求していた場合は結論が変わったでしょう。
業者の違法行為は明確でしたので、その費用の請求まで否定されることはなかったはずです。

 

結論

以上検討したように、あくまで今回の裁判例は特殊なケースだと考えるべきです。

いくら注文主がリスクを理解して希望したからといって、専門家である建築業者(もちろん建築士も)が建築基準法に違反する建物を建てても何ら責任を負わない、などと考えるべきではありません。

前記「設計・施工業者が負う責任」で述べたように、違法建築に関わることは、民事上の損害賠償責任のみならず、刑事責任や行政上の責任を負うものであることに、十分な注意が必要です。

 

補足

ちなみに、今回のシェアハウスの建築計画においてどのような点が違法であったのかについて、簡単に触れておきます。

前述のとおりシェアハウスは建築基準法上は寄宿舎に当たります。

そして、建築基準法第40条の規定を受けた東京都建築安全条例第9条第2項及び第10条によって、寄宿舎は路地状敷地(旗竿地)に建てることができないとされています。
他方、事務所に関してはこの制限はかかりません。

今回の事件の土地が路地状敷地であったことから、シェアハウス(寄宿舎) を建築することができなかったため、あえて事務所として確認申請を行ったわけです。