交渉に使える、法的な思考方法① 「原則と例外」の考え方について

私たち弁護士は、法律の解釈の学習を通じて、さまざまな法的思考方法を訓練されています。

この法的思考方法とは、究極的には「説得力のある主張を行う方法」にほかならないので、法律を離れた説得の場面でも使えることは間違いありません。

そこで、日々の交渉や説得の場面でも使える法的思考方法について、何回かに分けてご紹介したいと思います。

今回は、「原則と例外」の考え方についてです。

 

原則・例外を意識した考え方

「例外のない規則はない」などといわれますが、いかに今回は例外であるかを説得的に主張できるかは法律家にとって必要な能力です。

法律解釈の勉強(受験生時代の勉強)においても、原則と例外をしっかり理解せよ、とよく言われました。
法規定の中には原則を定めたものや例外を定めたものがあり、この規定はどの原則に対する例外なのかを意識しながら学習しないと、体系的な理解ができないためです。

私は、今ではこのことに加え、「原則が適用できる場面と適用できない場面を、意識して学習せよ」という点も重要だと考えています。

陥りがちな主張方法

例えば、「Aという場合にはXとなる」という法規定があったとします。
ここで、「Aという事実があるがXという結論になるのはおかしい」と主張したい場合、つまり「今回のケースではその結論が不合理である」と主張したい場合には、どのような理屈が考えられるでしょうか。

ついやってしまいがちなのは、端的に「そもそもその法規定がおかしい」という主張をしてしまうことです。

法律を学び初めのころ(私もそうでした)は安易にそんなことを考えてしまいますが、このような主張はかなり難しくなります。

なぜなら、法規定は一般に、多くの議論を経てそれが合理的だとして制定され、定着したものだからです。
通常はよほどの論拠がない限り法規制が不合理であるとはいえませんから、安易に「その法規定がおかしい」などと主張しても説得力はありません。

したがって、法規定自体を否定する主張は避けた方が無難なのです。

このことは、単純な例で考えれば分かりやすいかと思います。
例えば「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」(刑法第204条・傷害罪)という規定がありますが、「殺されそうになったので、身を守るためやむを得ず相手を殴って逃げた」というようなケースで「そもそも傷害罪の規定があるのがおかしい」という主張は明らかに無理がありますよね。

説得的な主張方法

ではどのような主張であれば説得力があるのでしょうか。

それは、法規定の存在を前提にしながらも、今回のケースへの適用を否定するという主張です。
つまり、「今回のケースはその法規定を適用できない例外的なケースだ」という主張をするのです。

そのためには、その法規定が想定する場面と、今回のケースとの本質的な違いを説明する必要があります。
具体的な論証方法としては、

1.その法規定は典型的にはどんな場面を想定しているか。
2.その場面で、どんな目的・理由・価値判断によってその法規定ができた(正当化されている)のか。
3.今回のケースではその目的・理由・価値判断が当てはまらない。
4.よって、今回のケースではその法規定を適用すべきでない。

という形になります。

なお、前述の傷害事件の事例では、例外を定めた規定(刑法第36条第1項・正当防衛)が既にあるためこれを主張すれば足ります。
しかし、このような例外規定がない場合には自分で考え、いかに今回のケースが例外的なケースであるかを説得的に主張する必要があります。

 

日常の交渉・説得への応用

この考え方は、法的議論だけでなく日常における交渉・説得の場面にも応用ができます。

人が何かを主張を行う際には、何らかのルールや原理をもとにしていることが多くあります。
しかし、そのルールや原理自体はともかく、結論が不合理であることも少なくありません。
例えば、「うちも損してるんだからそちらも何らかの負担するのが公平だ」「お互い様だろ」などもっともらしい理屈をつけながら、結論としては不合理な主張・要求を行うようなことがあります。

こうした際に、相手がよって立つルール自体を否定するのは得策ではありません。
なぜなら、そのルールそのものは合理的であることが多いですし(「公平」「フェア」などのルールであればそれ自体を否定するのは困難です)、また、相手の考えの根本を否定することで、相手が感情的にかたくなになりその後の話合いの余地がなくなってしまう可能性があるからです。

そこで、前述の原則・例外の考えを応用して、「そのルールは確かに○○という場面には確かに妥当であろう。しかし今回のケースは・・・という事情があるため、○○という場面とは本質的に事情が異なる。したがって、今回のケースにはそのルールを適用することはできない」という内容の反論を行うことになります。

先ほどの例でいえば、「うちも損してるんだからそちらも何らかの負担するのが公平だ」という理由で相手方が無茶な要求を行っている場合には、「その理屈は、双方に落ち度がない場合や、双方の落ち度が同程度である場合には確かに正しいかもしれない。しかし今回は・・・という点でそちらの落ち度の方が大きいのであるから、その理屈をそのまま適用することはできない」というような反論をすることになるでしょう(堅苦しい言回しですが)。

応酬話法でいうところのYES-BUT話法と発想は同じですね。
相手の話をいったんは認め、それを前提とした反論を行うことで説得力(相手の納得感)が増すわけです。