時は金なり?① ~サービスの値段と原価について
弁護士の費用(報酬)ってどういう根拠で決まるの?という質問をたまに受けます。
依頼者から聞かれることはめったにありませんが、他業の友人・知人からは聞かれることが多いです。
報酬がどういう風に計算されるかについてなら、例えば「取れた金額の何%」みたいな形で理解されていますし説明もしやすいですが、「何でその数字になるか」についてはなかなか説明が難しいです。
形式的な理由をいえば「私がそう決めたから」ということになるのですが、実質的な理由としては「それだけの時間がかかるから」と説明しています。
弁護士業にかかわらず、サービス業には「時間」という原価がかかっています(製造業など他の業種でも極論すれば原価の全ては「時間」だと考えていますが、これはまた別の機会に)。
もちろん物やサービスの値段が決まる(決める)要因は原価だけではなく、付加価値や希少性、ブランドなど他の要因もあります。
しかし、ここでは原価の話に限って考察してみたいと思います。
サービス業の原価とは
弁護士業に限らずサービス業一般の原価について考えてみます。
そのサービス自体に何らかの器具・材料を使う場合もありますが、主な原価は「原価としての時間」だと思いますので、この点にしぼってみてみましょう。
ある作業を誰かに依頼する場合に、その作業にかかる時間が1時間だとします。
この場合、「原価としての時間」は1時間でしょうか。
それが簡単な内容で誰にでもできる作業だとすれば、「原価としての時間」は1時間と言ってよいでしょう。
しかし、誰でもできるような作業でない場合には、この計算は正しくありません。
作業自体を行う時間に加えて、「その作業ができるようになるまでの時間」がかかっているからです。普通の人が今から同じことをやろうとすると、必要な知識・技術を習得するところから始めなければなりません。
けっこう前にピカソの話がSNS上で話題になっていたような気がしますが、これと同じです(元ネタは不明ですがバイラル系の記事が出回ってましたね。「たった30秒で描いた絵が100万ドルなの?!」という人に対して「この絵を描くにかかった時間は30年と30秒です」と説明するという話です)。
専門的な業務になればなるほど「その作業をその時間・そのクオリティでできるようになるまでに要した時間」は長くなるので、その分「原価としての時間」が長くなります。
結果として報酬の値段が高くなるのですね。
このことを理解していない人からすると「何でオレの時給は2,000円なのに、こいつは1時間の作業で10,000円も取るんだ!」などと不満に思いがちです。
例えば販売業のように顧客から見て原価(仕入原価)が分かりやすい業種ならよいのですが、サービス業の場合は「時間としての原価が(見えないところで)多くかかっている」という点が分かりにくいので、顧客側からすれば報酬の値段がどうしても割高に見えてしまうんですよね。
説明をしてこれを理解してくれる顧客なら良いのですが、中にはどうしても理解できない(理解しようとしない)顧客もいます。
その場合、結局どのようなサービスを提供しても不満を持たれることになりますのでお互いに不幸です。サービス業を営む方としては、他の顧客へのサービスに力を注ぐことを考えた方がよいかもしれません。
弁護士報酬の値段について
弁護士の報酬についても、基本的には同じ事がいえます。
相談内容が「相続について、夫が亡くなった場合で妻と2人の子がいる場合のそれぞれの相続分の割合は?」というGoogle検索で解決するような問題であれば、それを1秒で答えられることの価値は低いでしょう。
では「ある人にお金を貸した。借用書も残っている。期限をとっくに過ぎているのに言い訳ばかりして返してくれないので、どうしたらいいか?」という相談ならどうでしょう。
簡単な話に思えるかもしれません。Googleで検索すれば「訴訟を起こせばほぼ勝てる。勝訴すれば差押えなどの強制執行ができる。なお、訴訟の代わりに支払督促という手段もある」くらいの情報はすぐに出てきます。
しかし、弁護士が実際に上記の相談を受けた場合にはそんな単純ではありません。
ざっと考えつくだけでも、
・仮に訴訟を起こした場合に相手が有効な反論をしてくる可能性が無いだろうか
・実際に法的手続に踏み切った場合に回収可能性がどのくらいあるのか(強制執行を行った場合にどのような財産を押さえることができるのか、その相手にはどのような差押えを行うのが適切なのか)
・過去の経験上その相手は法的手続に対してどのように反応する可能性が高そうか
・訴訟などの法的手続に移行させない方が回収可能性が高いのではないか
というようなことを考えて、当たりをつけて相談者に質問をしながらアドバイスをします。
結果的に相談が数分で終わったとしても、そのアドバイスを数分でできるようになるためには、法律や法的手続の知識のみならず、想定される相手方の反応や手続の実効性などを過去のデータをもとに予測するための知識・経験・技術が必要なのです。
これはもちろん法律相談に限らず、交渉や訴訟の依頼を受けたときも同じです。
結果的に早く紛争を解決できたとしても、そのように処置を行えるようになるためには(見えないところで)多くの時間がかかっているのです。たまに例外がありますが。
このことを前提とした上で、私は、実際に処置(交渉や法的手続など)を行うのに必要な時間(事案の複雑さや難易度によって変わってきます)を見積もって報酬の値段を決めています。
はた目から見れば「大した時間がかからず解決してしまった」と映るような案件でも、裏にはこうした「原価としての時間」がかかっていることを、ぜひ知って欲しいと思います…
※なお、着手金の金額を「請求額の●%」と定めている事務所が多いですが、これは「請求額が大きい事件の方がより手間と時間がかかることが多い」という経験則に基づく算定方法です。どのくらいの手間がかかるのかは依頼の段階では分かりにくいため、このような概括的な算定方法が多くの事務所で採用されています(うちもそうです)。
しかし、1000万円の請求案件と5000万円の請求案件で手間が5倍も変わるというわけではありません。ほかに適切な算定方法が無いため多くの事務所ではこの方法を使っているのですが、より合理的な算定方法を新しく考えていく必要があると思います。
終わりに
そうはいっても、やはり一般のサービス業に比べて、弁護士のような資格業は報酬の理解を得やすい部分はあると思います。
それは、先人たちが築き上げ維持してきた資格に対する信頼やブランドがあるからで、そのために報酬の値段については理解を得やすいのだと考えています。
もちろん報酬のためだけではありまんせんが、その信頼やブランド価値を損なわないように、私たち資格者はこれからも日々努力を続けなければなりません。
なお余談ですが、現在私がこうして法律事務を行うことができるようになったのも、過去に時間と手間と費用をかけた(投資をした)ことによるわけですから、(以前の試験研究費みたいに繰延資産に計上して)減価償却を認めて毎年度その費用を計上できるようにして欲しいと、私は切に願っています。
毎年この時期になると、特に思います。