「崖地処分規則」の全文 土地の間にあるがけは上下どちらのもの?

前回の記事で、がけ崩れなど斜面の崩落が起こった際には、土地の所有者が責任を負うと書きました。

では、土地と土地との間にある斜面(がけ)は、上下どちらの所有になるのでしょうか?

もちろん、境界線がはっきり分かっていれば問題ありません。
はっきりとは分かっていなくとも、調査をすれば多くの場合は、境界となる杭などを何とか探して(地中深くを掘ったりして)境界が判明します。

しかし、それでも分からない場合(先祖代々、境界確認を一度もしていない場合など)はどう定めるのでしょうか?

一般的にこのような場合、斜面部分(がけ地)は上側の人の所有になる、とされています。
(つまり、境界線は斜面の下に引かれることになります。)
擁壁は、上側の土地のための土留めであると考えられるためです。

これが慣習だとか通例だなどといわれますが、根拠としてよく挙げられるのが「崖地処分規則」という規則です。
この種の問題の専門家である土地家屋調査士さんや、ある程度不動産を扱う弁護士であれば、そういう規則があるらしいということは知っています。

しかし、その第1条だけは色んな本に引用されているのですが、全文はどの法令集を見ても載っていません。
現在有効な法令というわけではないので当然かと思いますが、しかし、全文を見てみないと何となく気持ち悪いところがあり、法律家としては落ち着かないものです。

そこで、当時の文献を調べ、崖地処分規則の全文を確認してきました。

 

概要

1877年(明治10年)2月8日地租改正事務局別報69号達

今から143年前に定められた規則です。
地租改正(!)の際に、実務を進めるために内務省と大蔵省の間にできた「地租改正事務局」という機関が発した通達(のようなものだと思います)で、全6条からなります。

地租改正により臣民に土地の所有権が認められることとなりましたが、土地を検分して境界を定める際に「崖の部分をどうするか」という点について定められたものと思います。
がけ地の扱いや、所有権の帰属などについて定められています。

 

崖地処分規則 全文

以下、全文を転載します(次項に意訳も載せています)。

可能な限り原文をそのまま載せていますが、一部フォントにない旧字については現在の文字をあてています。
また、一部の漢字には※で現在の文字を示しています。

さらに、原文には句読点や改行がありませんが、読みやすくするため適宜改行しました。

崖地處分規則

第一條
凡ソ甲乙兩地ノ中間ニ在ル崖地ハ上層地ノ所属トスベシ
其從來ヨリ下底所属ノ確証アルモノハ舊(※旧)貫ノ儘ニ据置クベシ

第二條
崖地ノ險欹シタルモノニシテ假令中間ニ小樹ノ類茂立スルトモ土砂ヲ扞止スルマデニ止マリ他ノ用ヲ爲サヾルモノハ繩外トシ本地券面腹書ニ外何番地境崖地繩外所属ノ趣ヲ記シテ其所属主ニ付與(※与)スベシ
其ノ傾斜ノ甚シカラス開墾シテ桑茶蔬菜等ヲ植付得ベキ者ハ本地一繩ニ籠メ取調ベシ

第三條
從前ヨリ崖地半腹ヲ以テ境界トセルモノハ上條ニ照準シ實(※実)況ニ應シ各箇ニ處分スベシ

第四條
第二條ノ桑茶蔬菜等植付得ヘキ崖地ニシテ未タ所有者之ナク拂(※払)下ケヲ要スルモノアルトキハ先ツ上層地主ノ望ニ任セ望ナキトキハ下底地主ヘ拂下クベシ
但シ斜面ノ極メテ緩ナルモノニシテ必スシモ上層地ニ属セシムルヲ要セザル者ニテ上下主共ニ拂下ケヲ願フトキハ雙方ノモノヘ入札法ヲ以テ拂下ルカ又ハ半腹ヲ界トシ雙方ヘ拂下クルモ妨ケナシ

第五條
石垣又ハ竹木柵等ヲ以テ土止ヲナセル崖地ハ從前ノ証迹ニ據(※拠)テ其所属ヲ定ルベシ
即チ土止メ及ヒ修理等上下主ノ内一方ニテ為シ來レル者ハ其一方ノ所属トシ雙方合力シテ為シ來レル者ハ雙方ノ共有トシ若シ地主轉(※転)換シテ証跡ノ徴スベキナキ者ハ以テ上層地ノ所属トナシ第二條ノ如ク本地券面腹書ニシ所属主ニ付與スベシ
但シ雙方ノ共有トナスモノハ兩券面共ニ其趣ヲ腹書スベシ

第六條
右ノ如ク其所属ヲ一定シ其修理ハ所属主ニ於テ為サシムルベシト雖ドモ崖上下地主ハ其所属ノ何レニ在ルヲ問ワズ等シク該崖地保全ノ義務アルヲ以テ崖上崖下共ニ其崩壊ヲ致スベキ事功ヲ起スコトヲ得ザル者トス

 

意訳

明治10年当時の法制度がよく分かりませんので一部不正確だとは思いますが、何となく意味が通る程度に、現代風に訳してみました。

第1条
一般に、両土地の中間にあるがけ地は、上側の土地に属するものとする。(ただし、)従前からそのがけ地が下側の土地に属するという証拠がある場合には、従前の慣習のままに扱うものとする。

第2条
急峻ながけ地であって(たとえ間に小さい樹木があったとしてもそれらが土砂をせき止める程度であり)他の用途に使えないようなものは、縄外(※租税の対象とはならない土地、の意味だと思います)として、主となる土地の地券(※今でいう権利証でしょうか)の備考欄に「縄外のがけ地あり」との旨を記載したうえで、主となる土地の所有者に付与する。
傾斜が緩やかながけ地で、桑・茶・野菜などを植えることができるものについては、主となる一筆の土地に含める。

第3条
従前からがけ地の中間を境界としていた場合は、前条の規定に従い、現況に応じてそれぞれ定める。

第4条
第2条の桑・茶・野菜などを植えることができるがけ地で、いまだ所有者がおらず臣民への払下げが必要なものがある場合には、上側の土地の所有者の希望があるときはそちらに払い下げ、その希望がないときは、下側の土地の所有者に払い下げる。
ただし、斜面が極めて緩やかであり上側の土地に属させる必要のないがけ地について、上下の土地の所有者が共に払下げを希望する場合には、双方による入札により払い下げるか、または、がけ地の中間を境界と定めて双方に払い下げることができる。

第5条
石垣や竹木の柵などで土留めがしてあるがけ地については、従前の証拠に基づいて上下どちらの所有に属するかを定める。
・上下どちらか一方の所有者が土留めや修理を行っていた場合:その一方の所有とする
・双方が協力してこれを行っていた場合:双方の共有とする
・所有者の交代などにより証拠がない場合:上側の所有とする
これらの場合、第2条の規定に従い、主となる土地の地券の備考欄に記載したうえで、がけ地をそれぞれの所有者に付与する。ただし、双方の共有とする場合には、双方の地券の備考欄にその旨を記載する。

第6条
前条までの規定のとおりがけ地の所有者が定められ、その補修は所有者が行うべきであるが、がけ地の上下の土地の所有者は、がけ地の所有がどちらにあるかを問わず等しくそのがけ地を保全する義務があり、したがって、両者ともにがけ地を崩壊させるような事を行ってはならない。

 

以上、崖地処分規則の全文について解説しました。
実際には第1条しか使うことはないかと思いますが、何かの参考になればと思います。