差押物件の任意売却は難しい?

建築業者向けの雑誌「日経ホームビルダー」の最新号(2017年4月号)にこんな記事が載っていました。

用語で学ぶ不動産入門 「差押え」物件は断る?(会員限定記事)

「不動産会社に自宅の売却の相談を持ちかけたら、最初は快く応対してくれたのに、差押えがあると分かった途端、手のひらを返して、取り扱いが難しいと断ってきた」

(中略)

 本来は差押えというだけで、売却を断るほど手続きが難しいわけではない。不動産会社が断ったのは「差押えの債権額が売却価格よりも高いと、差押えを解除できず売却できないかもしれない」と考えた可能性がある。なかには「差押え物件を扱ったことがないので面倒くさい」という理由で断る不動産会社もいる。

自分の不動産が差し押さえられたため、やむなく不動産を売却してその返済にあてることがあるが、この手続は一見簡単に見えるものの不確定要素が多く注意が必要――という内容の記事です。

もっとも、この記事の事例のように、差し押さえた債権者が一者だけであれば「一見簡単に見える」といえそうですが、実際には「一見して難しいことが明らか」な案件が多いと思います。まぁ、交渉が簡単そうなケースは弁護士に回ってこないだけなのかもしれませんが。

いずれにせよ、差し押さえられた不動産を、強制執行などによらずに任意売却(任売)する場合にはその前提として差押えを解除してもらわなければなりません。
また、他の抵当権などの登記があれば、それらも全て抹消する必要があります。

当然、「任意」での話合いになりますので、関係者全員の同意を得なければなりません。
この「関係者全員」と「同意を得る」という2点が、任売が難しい(面倒?)といわれる理由です。

関係者の範囲

通常の売買であれば、売主と買主の二者が金額やその他の条件に付いて合意すれば問題ありません。

これに対し、差押物件の売却となれば、これに加えて差押えを行った債権者が加わります。
債権者が一者だけで、かつ売買代金で十分返済を行うことができるのなら話は単純ですが、債権者が複数おり、かつ売買代金では全員に全額の返済ができないケースであれば、各債権者間の配分を調整して納得してもらう必要があります。

また、その物件に抵当権を付けている他の債権者がいれば、その同意を得る必要もあります。
売却にあたって抵当権などの登記を全て抹消しなければならないからです。

二番、三番抵当くらいならまだしも、十番抵当まで付いているケースもあります。競売では、だいたい三番目くらい以降の債権者にはまず配当されないことが多いですが、それでも(任意で)抹消させるためには全員の同意を得なければなりません。

さらに、賃借権の登記・仮登記や売買予約の仮登記など、およそ売買の障害となる登記は全て抹消する必要がありますので、このような登記の数だけ関係者が増えることになります。

当事者が亡くなっていれば、その相続人の同意を得なければなりません。

どのような同意が必要なのか

差押えがある場合には差押え(競売の申立て)を取り下げてもらう必要があり、抵当権などの登記がある場合にはそれらを抹消してもらう必要があります。

売買代金で全債権者への返済をまかなえるのであれば問題ありませんが、そうでなければ各債権者に「一部しか回収できないこと」を納得してもらわなければなりません。
ここが大変なのです。

通常は「競売の場合ではこれしか回収できませんが、任売であればそれよりも有利ですよ」というような案を作って各債権者と交渉をします。
各債権者の優先関係は法律で定められているので、一見簡単そうに見えます。

しかし、競売の場合であれば強制的に売買金額が定められますが、任売の場合はそうではありません。
したがって、債権者が金融・不動産の専門家でない場合には「もっと高く売れるはずだ」「買主とつるんで裏で金を流しているのではないか」「実はほかにも債権があるので、その分も返済してもらわなければ同意しない」などと言われ交渉が難航することもあります。

また、先ほど本来配当が無い十番抵当権者にも同意を得る必要があると言いましたが、この人たちの同意を得るために、少々のお金を積む必要があります。
いわゆる「ハンコ代」です。
これも数万円で済む場合もあれば、数十万円となる場合もあります。もちろん、交渉の結果不要となる場合もあります。

この「ハンコ代」は、競売であれば本来配当のない債権者に支払われるものですので、やはり他の債権者(特に金融・不動産の専門家でない場合)から不満が出ます。

さらに、これらに加えて債務者(売主)の移転費用などを代金の中から捻出する必要があれば、その同意も得なければなりません。

任売の難しさ

任売を遂行するには、以上のような同意を、先に述べた当事者全員から得なければなりません。
一人でも反対する者がいれば成り立たないのです。

そのため、非常に手間がかかる案件になるのですね。

なお、最初に紹介した記事の中では、債権者が金融機関である場合→公的機関である場合→個人である場合、の順に難しくなると書かれていました。

債権者が金融機関である場合が一番楽なのはそのとおりです。
「競売になった場合にどうなるか」をよく分かっていますし、任売自体がよく行われるものですので、こちらサイドで行内・社内の稟議が通りやすくなるような資料・配分案などを用意すればもめることはあまりありません。

もっとも、公的機関と個人のどちらが難しいかは微妙だと思います。
個人の場合は何を言ってくるかが分からなかったり、競売の場合にどうなるかなど法的手続を知らないことが多いので、説明して納得してもらうのに手間がかかります。
他方、公的機関(税務署や市役所など)はなかなか一部免除に応じてくれないことが多いので苦労することもあります。明らかに優先権が劣るはずなのに「うちは一円もまけません。全額の支払いが無理なら競売にしてください」と言い張ることもありました。

当事者が誰であるかによっても、交渉の難易度は大きく変わってきます。

また、交渉に手間取っていると新たな債権者からの差押えがなされることもあります。
こうなるとまた一からやり直しですので、あまり交渉を悠長にやっているわけにもいきません。

限られた時間で各当事者の調整・交渉を行わなければなりませんので、任売は難しいのです。