仲介業者の説明義務 売買物件において現に締結されている定期借家契約の有効性について説明義務が認められた事例
所有物件に入居テナントがいるが、契約は定借。契約終了日に明け渡される予定。
これを前提に、空の状態で引き渡す条件で、その物件を売却。
しかし、実はテナントとの契約は定借の要件を満たしておらず普通借であり、売却時までにテナントが出ていかないと主張。
テナントとの契約が定借の要件を満たしていないことを、売買を仲介した業者は見落としていました。
このままでは、所有者(売主)は買主に違約金を支払うことになりかねない――今回はそんな事例を紹介します(東京地裁2018年(平成30年)3月27日判決)。
このような場合に、売買を仲介した業者は説明義務違反の責任を負うのでしょうか。
事案の概要
事実関係
所有者兼売主(個人)であるXは、別荘として使用していた物件(土地・建物)を所有していた物件を貸すことにし、仲介業者A社の仲介のもと、B社に対して定期借家契約(定借)により賃貸した。
一方、Xは、仲介業者Y社の仲介のもと、この物件をCに売ることとした。
売買代金は4000万円、上記の定借の期限までにB社が退去することが前提となっており、また、違約金は800万円とされていた。
ところが、上記の定借は、契約書の表題こそ「定期賃貸借契約書」となっていたものの、法定の要件を満たさず(38条書面(※)が交付されていなかったほか、途中で契約が更新されていた)定借としては無効であり、法的には普通賃貸借(普通借)と評価されるものであった。
このことは、売買を仲介したY社も認識していた。
その後、XがB社に退去を求める連絡をすると、B社は、普通借だから出ていかないと主張し、Xに対し、同条件の物件を用意することや立退料の支払いを求めるようになった。
最終的に、XはB社に解決金(立退料)288万円を支払うことで合意し、予定どおりB社は退去。無事に物件をCに引き渡すことができた。
※賃貸人は、契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、あらかじめ、その旨を記載した書面を交付して説明する必要があり(借地借家法38条)、この書面を「38条書面」ということがある。38条書面を交付していないと定期借家契約は有効に成立せず、普通賃貸借契約となる。
請求の内容
Y社が適切な注意義務を果たし、本件賃貸借契約が定借の要件を満たさないためCとの売買契約においてリスクとなることを説明していれば、Cとの売買契約を締結することはなく解決金(立退料)などを支払うこともなかったとして、Xは、Y社に対し、債務不履行または不法行為による損害賠償として、以下の金額(合計912万7677円)を請求した。
- Xが支払った解決金相当額:288万円
- 逸失利益(売買契約をしなければ得られた賃料):256万5000円
- 売買契約に関する諸費用:85万2677円
- 慰謝料:200万円
- 弁護士費用:83万円
裁判所の判断
以下のとおり、裁判所は、Y社の注意義務違反を認めたうえで、解決金相当額(及び弁護士費用の一部)についてのみ請求を認めました。
なお、Y社は過失相殺も主張していましたが、これは認められませんでした。
仲介業者の注意義務違反について
仲介業者である被告Y社の注意義務については、まず一般論として次のとおり述べました。
被告(Y社)は、本件売買契約における媒介業者(宅地建物取引業者)であるところ、このような媒介業者は、媒介契約の受任者として、売買契約が支障なく履行され、委任者がその契約の目的を達成し得るために必要な事項について調査し、これを委任者に適切に説明する義務を負うものと解される。
(注:当事者名は編集、証拠の標目は削除、適宜改行・強調・下線を追加。以下同じ。)
そのうえで、本件においてY社に注意義務違反(過失)については、
これを本件についてみると、前記認定事実によれば、本件売買契約においては、売買の対象となる本件不動産に、定期借家契約とは評価されない本件賃貸借契約が存在していたため、賃借人であるB社が退去を拒んだ場合には、本件売買契約の条件とされていた平成29年9月30日までの明渡しを達成することはできず、売主である原告(X)には、買主(C)に同契約を解除され800万円の違約金支払義務を負担するおそれがあったことが認められるところ、被告(Y社)代表者は、本件売買契約締結前の時点で、原告(X)から本件賃貸借契約書及び本件覚書を交付されたことにより、本件賃貸借契約が定期借家契約とは評価されず、B社が上記期日までに退去しないおそれがあるとの本件売買契約の目的達成に影響を及ぼす事情を認識していたのであるから、委任者である原告(X)に対し、本件売買契約締結前の時点で、同事情を説明する義務を負っていたものというべきである。
しかし、前記認定事実及び被告(Y社)代表者の本人尋問の結果によれば、被告(Y社)代表者は、合理的な理由なく、本件売買契約締結までの間に、上記事情を原告(X)に説明していなかったのであるから、被告(Y社)には、媒介業者としての説明義務違反があるものというべきである。
としてY社の説明義務違反を認めました。
Y社は次のとおり反論していましたが、
これに対し、被告(Y社)は、①本件賃貸借契約の締結に関与していなかったこと、②同契約には専門の仲介者が入っていたため、借地借家法上当然に必要とされる書面の交付がないとは考えられなかったこと、③原告(X)が本件賃貸借契約は定期借家契約として有効だと話していたこと、④原告(X)から、本件売買契約締結が終了するまでB社に対しては連絡をしないよう強く言われ、同社に対して本件賃貸借契約の内容や退去の意向を確認できなかったことから、できる限りの調査を尽くしても、本件賃貸借契約が定期借家契約としては無効であることを容易に知り得なかった旨主張する。
これに対しては、Xが素人である一方Y社は専門家である(Y社代表者は宅建士の有資格者)こと、Y社代表者は少なくとも定借の要件を満たさないことやそれによりXに生じ得る負担については認識していたことなどから、上記のような事情があったとしてもY社の説明義務違反は否定されない、としました。
損害額について
解決金288万円(及び弁護士費用として29万円)のみを損害と認め、その他は否定。
結論として請求のうち317万円を認めました。
コメント
不動産取引を仲介する仲介業者(媒介業者)には、専門家として、当事者に対する説明義務ないし助言義務が課されています。
この判決でも、前記に挙げたとおり「媒介業者は、媒介契約の受任者として、売買契約が支障なく履行され、委任者がその契約の目的を達成し得るために必要な事項について調査し、これを委任者に適切に説明する義務を負う」とされているとおりです。
そして、このような義務を怠ったことにより当事者に損害を与えた場合、債務不履行責任または不法行為責任として、仲介業者は当事者に対して損害賠償責任を負うことがあります。
今回のように、賃借人の立退きが売買契約の条件になっており、かつ、その賃貸借契約が定借の要件を満たさないことが明白(この点は専門家として当然に認識すべき)な場合では、Y社は、これをXに説明しない理由がありません。
もちろん、そもそもはA社が適当な仲介したのが発端ですし、また、突然B社(ちなみに宅建業者)が「出ていかない」と言い出したこともあり、Y社としては言いたいこともいろいろとあるでしょう。
普通借だとしても、期限は定められていたわけですしね。
しかし、裁判例の傾向を見ていると、仲介業者の説明義務・助言義務は年々厳しく認定されるようになっていると感じます。
このような現状で、「まぁ一応期限はあるわけだし、出て行ってもらえれば問題はないか」と安易に考えたのだとしたら、甘かったといわざるを得ません。
余談
なお余談ですが、本件で仮に定借の要件を満たしていたらどうでしょうか。
定借であれば、法的には、確実にB社が期限内に明け渡さなければなりません。
しかし、実際には法的にはどうであろうと明け渡さないこともあり得ます(もちろん、訴訟を起こせばXが勝ちますが)。
ではその場合、Cへの違約金はどうなるでしょうか。
おそらく本件の売買契約でもそこまでは考慮されていないでしょう。
定借であっても、B社が明渡しを拒めば違約金は発生する可能性があります。
Xにとっては不可抗力的な状況ですが、このような場合にも備えた契約条項にしておく必要があります。