土地・建物の賃貸借契約においては借地借家法が適用されることが多く、その場合「一度貸したら出ていってもらうのはなかなか難しい」というのは周知の事実かと思います。
契約期間が終了したからといって、当然に契約が終了するわけではありません。
借主が更新を望めば、貸主は、それを拒否するのが非常に困難です。特に借地の場合は期間が非常に長いことから、一度貸したら半永久的に返ってきません。
そこで昔から、借主を追い出すために、貸主側ではいろいろな努力・工夫(?)を凝らしてきたわけです。
「期限付き合意解約」もその一つといえるかもしれません。
さて、土地・建物の賃貸借契約の場面で「期限付き合意解約」というものを聞いたことはありますか?
おそらくほとんどの方は聞いたことがないと思います。
なぜなら、結論として期限付き合意解約という方法は認められていないからです(例外的な事例で認められることはありますが)。
今回は賃貸借契約の「期限付き合意解約」についてです。
認められない方法を解説しても意味がないかもしれませんが、オーナー初心者の方などで万一この方法を思ついてしまった方のために、念のため。
また、実務でよくみられる「明渡し猶予の合意」との違いについても解説します。
「期限付き合意解約」とはどういうことか
冒頭でも触れましたが、借地借家法のもとでは、貸主側から賃貸借契約を終了させることは非常に困難です。これは旧借地法・借家法のもとでも同じです。
契約期間が終了しても、借主側が更新を望めば原則として拒否できませんし、ましてや契約期間中に解除することも非常に困難です。
たとえ賃料の不払いやその他の契約違反があったとしても、それだけでは解除は認められません。
そこでこんなことを考えた人がいました。
① 借地借家法上、貸主・借主の合意で契約を終了させること(合意解約)自体には制限がない
② 法律上は合意解約に期限を付けることは問題ない
③ よって、当事者間で「平成●年●月●日をもって賃貸借契約を終了させる」という合意を締結するのもOK
このうち、①②はそのとおりで、問題はありません。
問題は③です。確かに、これだけみると一見問題ないようにみえますね。
借主が「来月末で出ていきます」と言っているので「来月末で契約を終了させる」という合意を結ぶのは問題ないような気がします(※)。
(※)なお、この事例で実際に裁判になった場合は、合意の効力は問題にならず契約は終了します。借主から解約する場合には、借主からの解約の申入れがあれば問題なく契約は終了するからです。
何が問題なのか
実際上、来月末くらいの合意であれば実害はないかもしれませんが、次の例ではどうでしょう。
・契約期間は2年間(定期借家ではない)
・貸主としては契約を更新したくない
・そこで、契約時に「2年後に契約を終了させる」という合意を締結する
これはどう考えてもアウトっぽいですよね。
これが認められるならみんなやっているはずです。
このように、期限付き合意解約の効力が認められるのであれば、借地借家法が更新拒絶や解約に厳しい条件を付したことが無意味になってしまいます。
実際にはここまで露骨な事例はありませんが、過去の多くの裁判例でも、実際に期限付き合意解約が無効と判断されています。
無効とされる理由
借地借家法には、借地については第9条、借家については第30条で、それぞれ以下の規定があります。
第9条(強行規定)
この節の規定に反する特約で借地権者に不利なものは、無効とする。第30条(強行規定)
この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
上記で「この節の規定」とは、それぞれ借地契約・借家契約の更新等について定めた規定ことを指します。
合意解約は厳密には特約ではありませんが、期限付き合意解約は、借地借家法の更新に関する規定に実質的に反するもので借主に不利なものですから、上記第9条または第30条により無効とされるのです。
解約+明渡し猶予の合意は?
では、「契約は本日合意解約するが、明渡しは一定期間猶予する」という合意はどうでしょうか。
このパターンの合意は実務でもよくありますので、見たことのある人も多いかもしれません。
明渡しをめぐるトラブルでの和解条項にはよく登場しますね。
この合意の内容は、
① 賃貸借契約は合意解約で本日終了させる
② ただし、明渡しはしばらく待ってあげる
ということで、前述のとおり①は問題なく、また次の理由により②も問題ありません。
①により賃貸借契約がすでに終了している以上、その後の物件を明渡しをどうするかという話は、借地借家法の問題ではないからです。
あれ? そうすると…
・契約期間は2年間(定期借家ではない)
・貸主としては契約を更新したくない
・そこで、契約の翌日に合意解約すると同時に「明渡しを2年間猶予する」という合意を締結する
・ただし、解約後の占有は法律上不法占有になるから、明け渡すまでは損害金(家賃と同額)を毎月払う、という旨を併せて合意する
とすれば、今度こそ合法的に同じことができてしまう!
…と考えた方にアドバイスです。
法律を詳しく知らなくとも、このことだけは覚えておいてください。
簡単に思いつくような抜け道は、実はほとんどの場合、過去の裁判例で否定されています。
この場合でも、確かに借地借家法が直接適用されるわけではありませんが、明らかに借地借家法の規制を免れようとするような合意(それ以外に目的が考えられないような合意)は、類推適用とか信義則とかいろんな理由で結局無効とされています。
なお、この「明渡し猶予の合意」は実務でよくみられるといいましたが、この場合期限内に明け渡した場合にはその間の損害金は請求しない旨を定めていることが多いという点も、併せて申し添えておきます。